泰生ポーチ
入居者ファイル#23(後編)
中村ちひろさん(KAI ART INC.)・月森忍さん(TSUKI-ZO inc.)

2021.09.22 泰生ポーチ

「泰有社」物件に魅せられた人々を紹介する「入居者ファイル」シリーズ。今回は、泰生ポーチの301号室をシェアする4人のクリエイターに取材。前編と後編に分けてお届けします。後編では、中村ちひろ(なかむら・ちひろ)さん・月森忍(つきもり・しのぶ)さんにご登場いただきます。

グラフィックデザイナー、編集者・ライター、アートディレクター・書家、施工会社――。泰生ポーチ301号室には、まったく異なる業種の4人が集まっている。泰有社ビルのなかでも、めずらしい部屋と言えるかもしれない。グラフィックデザイナーで「design office shubidua(シュビドゥア)」主宰・三浦佑介さんが声をかけたのをきっかけに、シェアオフィスとしてスタートしたという。今回はデザイナー・アートディレクター・書家として活動する「KAI ART INC.」の代表・中村ちひろさんと、施工会社「TSUKI-ZO inc.」の代表・月森忍さんにお話を聞いた。

前編はこちら

 

横浜のシェアスペースが異業種をつなぐ

前編の三浦さん、佐藤さんと同じく「YCCヨコハマ創造都市センター(以下、YCC)」の2階にあった会員制のコワーキングスペース「キャンバス」を利用していた中村さんと月森さん。それぞれデザイナー、施工業の仕事で30年近く実績を重ねていたなか、YCCの利用をスタートした。

長い間、福岡でデザイン事務所を構えていた中村さん。2016年に「福岡を離れ、横浜に行こう」と思い、3年間は福岡と横浜を行き来する生活をしていたという。ロケーションや空間が良く、YCCへ申し込んだ。毎日人と会話できる空間がありがたく、馬車道付近を散歩するのが楽しいと中村さんは話す。一方、月森さんはもともと横浜に住んでいたが、都内での仕事が多かった。「横浜の発展につながる仕事にかかわれるかを考えたときに、シェアオフィスを利用すれば新しいつながりができると思ったんです」。

YCCの運営終了にともなって新たなスペースを探していたふたりは、三浦さんの紹介で泰生ポーチに入居した。4人が使っているにもかかわらず、きれいに整頓されたこのシェアオフィス。もちろん月森さんが施工を手がけた。「軽井沢の別荘を施工したときに余った床材を利用して。泰有社さんの物件は現状復旧の義務がないので、オフィスを使うメンバーの要望を反映できたのがよかったです」。デスクの高さをYCCのときと同じにするなど、これまで活動の場をともにしてきた月森さんならではの仕事だ。

奥から月森さん、中村さんのデスク。301号室のメンバーのなかでは、活動歴が長くベテラン組のおふたり

「靴を脱ぐのですか?」と言われることもあるお部屋。関内外オープンでお客さんに向けてつくった301号室のプロフィールが置いてある

 

デザインと書の融合 [デザイナー・アートディレクター・書家/中村ちひろさん(KAI ART INC. 代表)]

長年にわたりデザインを仕事にしてきた中村さん。大学卒業後はデザイン事務所に入社した。当時、デザイナーとしては未経験だったが、「この仕事が好きという気持ちが一番大切。私が引き受けます」と言ってくれたディレクターとの出会いがあった。「いま思えばその人が恩人ですね」と中村さん。パソコンもない時代、自身のアイデアを伝えるためには手描きのラフスケッチが必要だった。そのような環境のなかで新聞広告やポスター、カタログ制作にかかわり、デザインの基本を学ぶことができたという。

中村ちひろさん

これまでブランディングから企画や制作、パッケージデザインまで多様な活動をしてきた中村さん。仕事をするとき、まずはクライアントの話を聞くことからはじめるという。「デザインとは、課題を解決するために思考や概念を組み立てて、それを伝えるためにカタチにする仕事だと思います」。クライアントとの対話のなかで想いを汲み取る時間を、いちばん大切にしているという。

1995年にはシーホークホテル(現ヒルトン福岡シーホーク)の美術計画に参画。客室やレストラン、茶室などすべてのデザインを担当した。和の空間づくりや個展など書家としての活動は、この頃からはじめた。国内のみならず、モナコやハワイなど海外でも作品を発表した。また、日本酒をはじめ食品のパッケージデザインなどでは、書が活かされることも多い。中村さんの書は「日本デザイン書道大賞」で、2014年から毎回受賞を重ねているそうだ。「書をとおして、日本の文化を伝えていきたいですね」。

中村さんが手がけたデザインは多岐に渡る。写真はCBDaysシリーズのブランディング・デザイン・ディレクションを担当した*

里の味みかわの「自然薯 酒まん」*

伝統文化の象徴ともいえる「着物」。中村さんはもともと着物が好きで、着付けの師範免許ももっている。これまでも着物のテキスタイルデザインを手がける話はあったが、洗濯の難しい絹という素材に書を書くということや、コストの問題から実現には至らなかった。しかし、2017年にその問題を解決する着物と出会い、実現。長年の夢だった着物のデザインに携わることができた。また、今年には自身の着物ブランドを展開するという。デザインと書に精通する中村さんの感性で、どんな着物がつくられていくのか楽しみだ。

中村さんが携わった着物*

 

昔ながらの建物を残すことの大切さ[施工会社/月森忍さん(TSUKI-ZO inc. 代表)]

横浜を拠点に、30年近く施工業に携わってきた月森さん。独立当初は、片付けや清掃といった雑工がメインだった。転機となったのは1990年代当時、まだまちなかにあるのが珍しかったコンビニエンスストアの仕事だ。「『am/pm(後にファミリーマートと合併』が青山などの一等地にチェーン展開していくタイミングでした。仕事をしていくうちに現場監督をするようになり、アパレルショップの施工の一部なども担当しましたね。」

月森忍さん

「am/pm」の仕事は、月森さんが大切にしている「古い建物を残していく」考え方のきっかけになったという。コンビニが店舗を広げる際に目をつけたのが、これから需要が減ると思われた酒屋や米屋だった。築何十年にもおよぶ古い建物の基礎を壊し、柱を抜いてコンビニへとつくり替えていく現場に、月森さんは幾度となく立ち会った。「価値のあるヒノキの柱を切られたりして悲しんでいて。とても切なかったです」。築年数を重ねたビルをリノベーションして使う泰有社の物件を選んだのも、このような経験があったからだ。

「古い建物は小舞下地といって、竹と縄を使った土台に、土を塗って壁にしています。夏場は湿気を減らしてくれるし、冬場は保温効果がある。災害などで浸水した場合もすぐに乾くし、流れてしまってもまた土を塗ればいい。新築の建物はカビだらけになってしまうけど、古民家は大丈夫。理にかなっているんです」

コンビニエンスストアや飲食店などの施工のほかに、横浜では歴史的建築物の移築や、アートスペースの立ち上げなど、地域に根差した仕事を重ねてきた月森さん。立ち上げでは、廃棄処分される椅子やテーブルを再利用したという。月森さんの一貫した姿勢を感じるエピソードだ。

TSUKI-ZO inc.が立ち上げ施工した横浜市青葉区にある「JIKE STUDIO」*

また2018 年ごろには、都筑区・川和町にある中山恒三郎邸(横浜市認定歴史的建築物)の事業に参加した。江戸時代から残る中山邸は、酒や醤油、塩、タバコなどを販売し、地域の活性化に貢献した歴史がある。グリーンライン・JR が通る中山駅の名前の由来にもなった。「中山邸の書院を敷地内で移築し、川和保育園を新築で建てました。江戸時代からある建築物の中を見ることができたのは、いい経験になりました」。

中山恒三郎邸*

月森さんが中村さんを「姉さん」と呼んでいて、おふたりの仲の良さがわかった

「デザインや施工、執筆など、このオフィスで働くメンバーはみな、瞬間瞬間を残してつなげていくような仕事だと思います。そういった職種の活動の場がより広がっていけば」と期待を語る月森さん。日本に残る歴史や文化をいかに残し、活かしていくか。肩書は違えど、シェアオフィスで机を並べるおふたりが根差す考え方に、共通点を感じる対話になった。

 


PROFILE
中村ちひろ[なかむら・ちひろ]
グラフィックデザイナー/書家
ブランディング視点でCI、VI、グラフィックデザイン、商品企画、パッケージデザイン、W E B デザインなどトータルデザイン・制作活動を行う他、プロダクトデザイン、レシピ開発、フードコーディネートなど多岐に渡って活動。人の気持ちを動かし、人の行動に刺激を与えるデザインを目指す。また、書家として国内外での個展活動の他、店舗ロゴ、商品ロゴの筆文字、TV・舞台・映画などのタイトル文字、ホテル、店舗などの美術計画も手がける。2021年よりきものブランドを展開。

月森忍[つきもり・しのぶ]
昭和41年生まれ。転校を繰り返した末、横浜にたどり着く。平成5年、有限会社月造を起業、現在に至る。

 

取材・文:中村元哉(voids)
写真:大野隆介(*をのぞく)

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