トキワビル 入居者ファイル#26 髙杉嵯知さん

2022.01.28 トキワビル/シンコービル

「泰有社」物件に魅せられた人々を紹介する「入居者ファイル」シリーズ。今回はトキワビル2階の103号室にアトリエ「さち庵」をかまえる、アーティストの高杉嵯知(たかすぎ・さち)さんにご登場いただきます。

トキワビルの一室を、アトリエ・ギャラリー・サロンとして活用するアーティストがいる。約20年以上、ひとすじに水墨『銀河観音』画を描き続けている高杉嵯知さんだ。高杉さんが銀河観音を描くようになった半生から、「私達はみな見守られている。だから安心して生きてほしい」と願う本質的なメッセージまで、たっぷりとお話を聞いた。

 

仏道に入るまで

高杉さんが描く「銀河観音」には多くのファンがいる。作品をもつ“銀河Family”は、国内のみならず海外にも広がっている。高杉さんが銀河観音を描くようになるまでの半生は興味深い。

「7才からはじめた書道が大好きで高校で師範を得るまで夢中になり、ときには学校を引き返して家で書き続けることもありました。そんなある日、突然、物にはみんな色がついていることを発見(笑)。その日の学校帰りに画材屋に直行して、油絵の先生を紹介され、デッサンから本格的に絵の世界に入りました。結婚を機に一度創作から離れましたが、離婚を機にあらためてこの世界に入りました」

一人暮らしをはじめた数年後、心身ともにとてもよい状態になった時に、ふと胸のなかに浮かんだのが「私にとって世界一おもしろいことをしよう」ということだった。京都の佛教大学の案内を新聞で見つけた瞬間、「コレだ!」という強いインスピレーションを受け、考える余地も与えられず行動に導かれた。文学部仏教学部の3年に編入したものの、「カルチャースクールに行くような軽いノリでした」と言う。そして入学と同時にあった次なる導きが、卒業後は加行過程に進み僧籍になることだった。勉学と修行にあけくれた5年間を過ごした後、頭を丸めて京都・知恩院にて最終的に加行成満し僧侶となった。「知恩院までの時間は、ありがたく幸せな気持ちで過ごせました。この時代に、守られたなかで修行できることは、とても贅沢なことだと感じたからです」

高杉嵯知さんと銀河観音

 

銀河観音との出会い

仏道修行を終え、2年ほど経ったある日、「1枚目の墨絵を描く瞬間」が高杉さんに訪れた。友人の友人だった墨絵の先生を、他県に住む別の友人に紹介することになった高杉さんは、その友達を案内するために同行。そこで先生から「あなたも描いてみなさい」と突然に筆を渡されたという。「そのとき、瞬間的に『描くなら観音』と思いました。それを先生に告げると、ひとつのヒントをくださり、その場で立ったまま描くと…私の掌の中からうまれたての観音が現れました。これが描く人になったきっかけです」

そのときの感覚は、胸に火がつき書道も油絵も人生経験も、これまでの日々はみな観音を描くためにあったと分かったという。高杉さんはその日から水を得た魚のように観音画を描きはじめたが、その頃はまだ観音画のことを誰にも話していなかったそうだ。

さらに半年後のある夜、銀河の中心に「銀河観音」が現れ、高杉さんの描く観音画の意味を全部知らされたという。これを機に「この観音画は、皆に伝えるものだ」と分かり、個展をするようになった。

「さち庵」に展示されている、額装された観音さまの絵。色があるものは日本画の顔彩が使用されている

 

横浜の集合アトリエを拠点に

高杉さんの最初の個展は、2000年3月の横浜・元町だった。その後に京都・鎌倉・銀座・鹿児島での個展や、オーストラリア・中国・ベルギー・サンフランシスコなどでも作品を発表。

横浜在住の高杉さんが活動をスタートした数年後、横浜で出会ったBankART1929代表の池田修さんとのご縁から、旧・BankART1929馬車道(現・東京藝術大学大学院映像研究科)の3階が初めてのアトリエ「さち庵」となる。その後、2000年代にオープンした横浜の集合アトリエとして知られる北仲BRICK&WHITEからZAIMへと拠点を構え、さらにその後は、ハンマーヘッドスタジオ新・港区やBankART Studio NYKにも入居し「さち庵」として活動。さち庵には、多くのお客さまが来るのも特色だ。

横浜市の創造都市施策はアーティストにとって拠点をもちやすい環境があり、「横浜だからこそ私はここまでやってこれたと思っています。横浜市やBankART1929の貢献には、ほんとうに感謝しています」と高杉さんは話す。

BankART StudioNYKがクローズするころ、泰有社はアーティストやクリエイターにトキワビル2階の部屋を貸し出しはじめていた。当時、そのうちの3室はBankART1929が借りて池田さんがアーティストに紹介するシステムになっており、高杉さんはその最後の一室の入居者だった。

「さち庵」の一角。最近、突然始まった古代宇宙文字(額装されているもの)で、新たなる意識状態となったそうだ

トキワビル2階の103号室は、高杉さんが内見をしたときは茶色の壁だったという。リノベーションに数ヶ月を費やし、最終的にはドイツのオーガニックペンキで部屋を調えた。「いまはトキワビルの入居者のみなさんとの交流を楽しみながら、仲間がいることで心強く活動できることを泰有社に感謝しています」

 

アトリエ・ギャラリー・サロンとしての「さち庵」

「さち庵」は毎日が個展で、高杉さんの作品が見れる唯一の場であり、アトリエ・ギャラリー・サロン(庵)の3つから成り立つ。墨をすって観音画を描くアトリエであり、額装された作品を展示するギャラリーであり、お客さまを招き対話するサロンでもある。

高杉さんが「さち庵」で観音画を授かるのと同じく大切にしているのが、1日1名をご招待する「銀河party」だ。「ご縁のある銀河観音と出会うことで、一人ひとりの幸せを見出すためのメッセージを伝えています。わかりやすく言えば、物事を受け止めるセンスをよくすることで、魂の歓ぶ生き方を共に見出す仕事(mission)をしています」

高杉さんが文と絵を手がける書籍。考えていることの断片を言葉にした高杉さんのテキストとともに、観音画が楽しめる

10年ほど前から、詩と曲も“降りてくる”ようになったという高杉さん。友人に響きを託し、銀河観音のCDも完成した

そしてもうひとつの取り組みが、背中に掌を当てる「ハートヨツナガレ〜温結び(オンムスビ)」だ。高杉さんはそのヴィジョンについて、「小さな一つの温もりが、人と人、国と国を結んで、世界共通の自由な歓びを分かち合いたい」と語る。「温結び」にはそんな熱い想いが秘められている。

銀河観音と出会ったご自身の体験から「私達はみな見守られている」ことがわかったという。銀河partyでは、その人がその人らしく、安心して生きてほしいと願う。「私が描く銀河観音は、一人ひとりのためのものです。さち庵は自分自身の魂が歓ぶ生き方と出会う場なので、1日1名の予約を大切にしています」

私たちが暮らすこの地球は、広大な銀河の一部。高杉さんは「地上からの視点と、天からの視座をもって『今・ココ・自在』を分かち合って生きたい」と話す。まだ訪れたことがない方は、ぜひ一度「さち庵」に足を運んでみてはいかがだろうか。


アーティスト・メッセージ

私も導かれての命…
命の時間の*一刻一刻を…魂の歓ぶ方へ歓ぶ方へと…銀河観音と共に受け止め方のセンスを磨く。その時々のenergyのかけ所を…魂の歓ぶ方に定めて生きだす…と、いつかそれが自然に身に付いて嬉しい流れを授かり…魂の歓ぶ方へと導かれる~
さち庵は 其々の人生の…魂の歓ぶ受け止め方のセンスを 共に見いだす空間です。

髙杉嵯知


PROFILE
髙杉嵯知[たかすぎ・さち]
横浜在住、水墨観音画家。1999年に水墨観音画と出会い、2000年より水墨「銀河観音」個展をスタート。東久邇宮文化褒賞受章(2010年)。著書に『銀河の彼方より』(2011年、株式会社JMA・アソシエイツ)、『ほんとうの自分が輝きだす 奇跡の銀河観音』(2016年、KADOKAWA)。

 

写真:中川達彦(ライトハウス)

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