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泰生ビル
入居者ファイル#39
西田司さん(株式会社オンデザインパートナーズ)

あらゆる場所をひらく

本町ビル45(シゴカイ)や宇徳ビルヨンカイといった横浜市内の創造拠点を経て、2017年に泰生ビルに移転してきたオンデザイン。2023年で20周年を迎える同社では、住宅や店舗・施設の設計だけでなく、拠点運営など幅広いアプローチでまちづくりに携わってきた。代表の西田司さんに改めて自社のマイルストーンとなった仕事について聞いてみると、まず挙がったのは「ヨコハマアパートメント」だ。

ヨコハマアパートメント(2009年)*

「シェア」がテーマのヨコハマアパートメントは、坂の多い静かな住宅街の通りからも覗ける“半外部”の共用スペースを4組の居室が囲む集合住宅。「入居者同士だけでなく、その友だちや地域の人を巻き込んできた」と西田さんが語る通り、アーティストの制作・展示やパーティ、落語会などが催される地域にひらかれた場所だ。2016 年のヴェネチアビエンナーレ国際建築展では、特別表彰を受賞した。

続いて挙がったのが、横浜DeNAベイスターズと取り組んでいる「コミュニティボールパーク化構想」。横浜スタジアムやその周辺を、野球ファンに加えて地域の人たちの場所にしていく試みだ。3年目から加わったオンデザインは、拠点「THE BAYS(ザ・ベイス)」の設計やその2階のコワーキングスペース「CREATIVE SPORTS LAB」でのワークショップなどを手がけている。

コミュニティボールパーク化構想(2014年〜)*

「(子育て支援事業を手がける)ピクニックルームさんに入っていただいて、子どもと一緒に野球を盛り上げる『キッズ・クリエイティブ・アカデミー』を開きました。そのなかで出たアイデアがそのまま形になって、子どもたちにユニホームを配る『キッズスターナイト』の演出に使われたり、大人のワークショップで出たアイデアを採用して、試合前にちょっと早くスタジアムに来たらVIPルームで働けたり。サステナビリティ・サーキュラーエコノミーの支援事業をしているハーチ株式会社の加藤佑さんとは、選手が折ったバットをリサイクルした花瓶を一緒に作って球団のショップで販売しています。ファンだけでなく、その外側にいる人たちにクリエイティビティを発揮してもらうことが、野球というもの、スタジアムというものをひらいていくある種のまちづくりになればと思っています」

最近の取り組みとして、西田さんは改修中の横浜美術館との仮囲いデザインプロジェクトにも触れた。同プロジェクトでは、公募した100人の「あなたらしさ」を表す写真1枚と、横浜美術館へのメッセージが仮囲いのデザインに組み込まれる。

みんなと、いろいろ、みなといろ(2022年〜2023年)*

こうしたさまざまな場を従来の使途にとらわれず多様な人々に向けてひらいていく志向が「これからの建築・デザイン界の進むべき道、可能性の広がりを横浜から社会に示している」と評価され、2022年度の横浜文化賞文化・芸術奨励賞を会社として受賞した。

チャレンジし続けることのメリット

挙げられたこれまでの仕事を通じての変化について訊ねると、ズバリ「いまのことしか考えていない」と西田さん。「もちろんどんな仕事も積み重ねではあって、繰り返しやることによって上手くなっているところもあります。ただ住宅やオフィスの設計も続けながら、公園の設計などジャンルが増えていて、新しい分野に関しては実験的な部分も大きい。常に不確定なものに対峙しているんです」と語る。

ある種リスクを抱えながらも、常に新しいことに挑戦する理由は何だろうか。
「建築家としての仕事を職人芸のように考えるのであれば、上手くなるだけでいいのかもしれませんが、いい意味で変化が起こったほうが、全体がよくなるのではないかと考えているんですね。たとえば公園の設計は不確定なことが多くて、毎日頭を悩ませている。ところがその目で住宅を見ると、住宅が公園に見えてくるんですよ。公園的なふるまい、要素が見えてくる。オフィスが遊び場に見えてくるとか。そういう影響によってシナジーが起こるのがいいなと」

オフィスを“オフデザイン”に

そんなオンデザインの“シナジー”の一端をコンスタントに目撃できそうな場が、オフィス階下の1階路面にオープンした「オンデザイン イッカイ」だ。

代表建築家の萬玉直子さんに相談し、「作り込まないほうがいいと言われた」というイッカイ
模型に添えられたキャプションには、「研究者」や「献身家」「楽天家」といった担当者のタイプ診断が書かれている
2階は「機能主義者だ」という西田さんが設計

「2階の作業スペースを拡張するために、打ち合わせスペースを別途借りようとしていたんです。周辺のビルの2階も探したけどあまり良い物件が見つからなくて、そしたらたまたま居酒屋だったここが居抜きで空いて。若手スタッフ10人くらいから『絶対1階がいい』と言われて、1階は高いしなぁと思いながら、エイッと清水の舞台から飛び降りる気持ちで契約しました。

ここで何がしたいかのアイデアを出し合うワークショップをやったんですが、働きたいという話がほぼなくて。『ご飯食べたい』とか『まったりしたい』とか『動物飼いたい』とか、ここオフィス?みたいな要望が30個ぐらい出たんです。オフィスに来る意味ってそういうことなのかな、面白いなと思いました。せっかくだから実験できたほうがいいと思って、朝や夜の打ち合わせと干渉しない時間は好きに使っていいよというルールにしました」

イッカイでは、DIYで整備している最中から早速、映画上映会が始まった。
「それを『オフデザインシネマ』って名付けていたんですよ。ネーミングが素晴らしすぎて、イッカイのブランディングはもう『オフデザイン』だなと。ミーティングスペースではあるんですが、カフェかもしれないし、ヨガかもしれないし、昼寝かもしれない、そういう『オフ』をいろいろ入れ込んでみて、試そうというのが今のブームです。

皆の『こんなことやりたい』を受け入れていくと、実はまちのなかにこんな場所がほしかったんだというニーズがたくさん集まりそうですよね。オフィスのロビー空間やエントランスホール、ぜんぶオフデザインにしたらいいな、いろいろ目論めそうだなと、勝手に実験マインドになっています」

今年のクリスマス・イヴにVUILD、ルーヴィス、オンデザインの3者合同で開催したクリスマスガレージセールの様子*

“仲間”たちや“親戚”のいる地域との関わり

オンデザインの若手は地域の催しに毎年駆り出され、町の会議にも参加している。秋の「関内フード&ハイカラフェスタ」では、道路活用の専門家として家具をDIYで作ったり、マスキングテープを使ったりして空間作りに一役買ってきた。西田さんは、泰有社の各ビルのクリエイターたちと町の重役たちについて、「ビルの入居者たちはアーティスト仲間という感じだけど、さくら通り振興会の人たちは親戚のよう」と表現する。

泰有社のビルが点在する弘明寺エリアでできあがりつつあるコミュニティも、オンデザインスタッフの活動から生まれたものだ。オンデザインには「週のうち20パーセント、5日のうち1日だけオンデザインの仕事以外の自由研究活動をして良い」というゆるいルールがあり、それを活用したスタッフたちが次々とセルフリノベーションの自宅を構えた。

「コロナ禍以降、自分の仕事場や生活の周りを一層重要視するようになりましたよね。フランスのパリ市の市長が掲げている『15分都市』というコンセプトがあって、住まいから徒歩もしくは自転車で15分圏内に、職場も行きつけのカフェも病院もある、その中で皆があいさつする関係が豊かじゃないかという構想なんです。

僕らのオフィスだけでなく、I’m homeや天富さん、向かいの泰生ポーチやなども含めて、関内や弘明寺商店街に面白い人が集まる行きつけの場所が増えるような状況になっていくと、それをめがけて来る人が増えたり、ここで働きたいという人が増えたり、それが今後もっと価値になっていくんじゃないかと。手に負える範囲でまちや暮らしについて考える、いわゆる昔のムラ社会のような形よりはデジタルなネットワークも活用していてもうちょっと居心地がいい、そういうエリアを増やしたいですね」

今では約50人を抱えるオンデザイン。それぞれのメンバーが携わるプロジェクト、地域でどのような暮らしのスタイルが生まれていくのか、今後も楽しみにしたい。

西田司[にしだ・おさむ]

建築家、設計事務所オンデザイン代表。東京理科大学准教授、ソトノバパートナー。
使い手の創造力を対話型手法で引き上げ、様々なビルディングタイプにおいてオープンでフラットな設計を実践する設計事務所オンデザイン代表。主な仕事に「ヨコハマアパートメント」(JIA新人賞/ヴェネチアビエンナーレ審査員特別表彰)、「ISHINOMAKI 2.0」(地域再生大賞特別賞)、「THE BAYSとコミュニティボールパーク」「大分県立芸術文化短期大学キャンパス」など。著書に『建築を、ひらく』『オンデザインの実験』、編著書に『楽しい公共空間をつくるレシピ』『タクティカル・アーバニズム』『小商い建築、まちを動かす!』。

文:齊藤真菜/写真:菅原康太(*をのぞく)

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