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泰生ビル
入居者ファイル #44
瀧脇信さん(一般社団法人からこそBOX)

テーブルの上には人数分のコーヒーカップが並んでいた。
 
「ハンドドリップだから5分〜10分かかります。それが喋るきっかけになる。『いい香りだね』とか、コミュニケーションを取れるんです」
 
まちで屋台を引き、立ち寄る人にコーヒーを振る舞う。地域の人の孤立を防ぐ瀧脇信さんの活動は、泰有社コミュニティの中で育っていた。
 

インタビュー前にコーヒーを淹れる瀧脇信さん。その間、コーヒーが酸化しない保存方法を教えてくれた

「地域のしがらみ」が新鮮だった

大学受験の合格が決まった日、父から電話で呼び出された。向かった先はJR石川町駅に近い「ひらがな商店街アートスペース『と』」。そこで瀧脇さんは父から5万円を手渡された。
 
「『使い切るまで帰ってこなくていいから。じゃあな!』と言われて」
 
そのまま夜行バスに乗った。その日が3月9日だったこともあり、ニュース番組は東日本大震災の話題で持ちきりだった。一度は自分の目で被災地を見てボランティアをしてみたい。バスで隣に座った男性にボランティア情報を教えてもらい、石巻市の鮎川浜へ。震源地に近い過疎地域だ。
 
ボランティアをしながら過ごす日々で、鮎川浜の人たちの対人関係のあり方に驚いたという。
 
「向こうの人に言わせれば『地域のしがらみ』なんですけど、人と知り合って気にかけ合っている。おかげで震災のときも助け合えたっていう話を聞きました」
 
体験したことがなかった人との距離感。まちの人と関わりをもつ良さを知った。漁港で歓迎され、連日魚料理を振る舞われた。1〜2週間ほど滞在したが、手渡されたお金は全く使わなかった。
 
鮎川浜から帰ってきた瀧脇さんは「つきしみの学校」と出合う。子どもたちの学習支援を行う場所で、「ひらがな商店街アートスペース『と』」を拠点に開かれていた。そこを運営していたのは、現在、泰生ビルで「自在関内オフィス」を営む今井嘉江さんだった。
 
来週も「つきしみの学校」に行こう、再来週も行きたい──。知らぬ間に地域活動にのめり込んでいった。2016年のことだった。

「ひらがな商店街アートスペース『と』」や「つきしみの学校」の活動が記録された冊子

孤立を治癒する「社会的処方」

2020年。瀧脇さんが大学卒業を間近に控えた頃、新型コロナウイルス感染症が流行し始める。「つきしみの学校」も、思うように人が立ち寄れなくなってしまった。
 
大学を卒業し、個人事業主として仕事をしていた瀧脇さんは自分の声を忘れるほど一人で過ごしていたという。それと同時に人と会って話すことがいかに自分にとって大事だったか気づいた。今井さんに久しぶりに連絡をとり、「自在関内オフィス」で今井さんと事務所をシェアしながら、関内で「つきしみの学校」を再開した。それと同時に仲間たちとまちに出る活動も始めることになる。人を呼べないなら、自分たちがまちに出ていけばいいのだ。
 
「コロナがあったからこそできた活動です。だから『からこそBOX』という名前になりました」
 
「一般社団法人からこそBOX」は瀧脇さんを含め3人のメンバーで構成されている。1人は「つきしみの学校」創設者・小林遼さん。精神科医でありながら演出家だ。地域に居場所をつくり、孤立を癒す演劇の手法を研究している。もう1人は林北斗さん。大学でフランス文学を学び、アートがどうやってまちとつながるかを模索してきた。
 
活動のヒントになったのは、兵庫県豊岡市で地域活動を行う医師・守本陽一さんだ。屋台を引いてコーヒーを振る舞い、図書館で本を勧める。病院でしか会えない白衣の「先生」ではなく、「まちにいるお兄さん」として悩みを抱える人に向き合ってきた。キーワードは「社会的処方」。瀧脇さんはその言葉についてこう説明する。
 
「孤立など、いろんな課題が地域にある。それを薬で治すのではなく、地域の人とのつながりを処方することで病気の手前の根源的な原因を解決するという考え方です」
 
初めて担ぎ屋台を出したのが2021年の「関内外OPEN!13」だった。気軽に立ち寄れる出張相談所になることが狙いだ。IKEAで買った本棚を丸棒の両端にくっつけた「突貫工事」だそうで、棒は本棚の重さに耐えきれずにしなっている。

2人で担いでもふらついてしまったという担ぎ屋台 *

翌年、改良した移動式屋台「屋台カフェ」を「関内外OPEN!14」に出店した。来た人はコーヒーを手に、団らんを楽しんだという。

改良された移動式屋台「からこそcafé」 *

新たな屋台の製作には泰有社物件の入居者が協力を買って出ていた。設計はトキワビルの「アトリエ・モビル/有形デザイン機構」が担った。丸山欣也さんや浅沼秀治さんが設計模型をつくってくれたという。屋台の企画、デザイン、設計、製作の工程はワークショップとして一般公開しながら進めていった。
 
コーヒーの淹れ方は泰生ポーチに入居する「マツモトコーヒーロースターズ」の松本祥孝さんが研修会を開いてくれた。
 
瀧脇さんは泰生ビル、泰生ポーチの人たちとの関係を「田舎っぽいつながり」と表現する。すれ違えば挨拶をするし、やりたいことがあれば協力し合うからだ。
 
「すごい人たちに図々しくもいろんなお願いをしていたなあと後で気づきましたね」

下段が「からこそcafé」の設計模型。どんな屋台がよいか、試行を重ねた

「いつでもここにいるよ」と言えるように

インタビュー中の瀧脇さん

瀧脇さんは、ゆっくりと、確かな口調でこう指摘する。
 
「若者世代が、実は最も支援が薄いところではないかと僕は思っています。元気そうな若者も困難を抱えているはず。一番活動を届けたいのは、同世代です。今後は『いつでもここにいるよ』って言える場所をつくろうとしています」
 
新型コロナウイルス感染症対策の行動制限が緩んできた今、新たなプロジェクトが始まっている。泰生ポーチ1階のフロントで毎週水曜の午前7時30分オープンする朝café「この前の続き」だ。泰生ポーチの「あげる株式会社」や泰生ビルに入居する「NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ」との協働プロジェクト。オープンして間もないにも関わらず、盛況だそうだ。

もうすでに20人ほどの人たちが来るという *

瀧脇さんより年下で、からこそBOXの活動を手伝う人も出てきた。青少年支援・若者支援に携わる同世代と横のつながりをつくり、持続的に活動できるようなシステムを構築したいとも目標を語る。
 
彼らの活動は、まだまだこれから。

いただいたコーヒーは、雑味や渋みのないまろやかな味がした

PROFILE

瀧脇信[たきわき・しん]
「からこそBOX」代表理事。1997年10月生まれ、横浜出身。2016年から運営している地域におけるサードプレイスとなる学習支援「つきしみの学校」の運営。2018年は横浜市金沢区LINKAIのものづくりの魅力発信イベント「Aozora Factory」を学生リーダーとして運営、これらを通じ、まちに出て活動することの面白さを知り、2021年に当法人を設立。

取材・文:中尾江利(voids)
写真:大野隆介 (*をのぞく)