MAGAZINE

トキワビル
入居者ファイル #51
磯部由佳里さん

革製品や真鍮アクセサリー、ドライフラワー、流木アート――「つくりたいもの」に出会ったらまずは取り組むのが磯部由佳里さんだ。
磯部さんは、昨年の冬にトキワビル4階にアトリエを構えた。普段はウェブデザインやフライヤーを制作するデザイナーとして働きながら、仕事終わりや休日にトキワビルに来て作業をしている。アトリエでの制作や、「つくりたいもの」との出会いについて伺った。

心惹かれたバイカーの財布

磯部さんは子どものころから手先が器用で、手を動かすことが好きだった。進学した美大ではテキスタイルデザインを専攻し、「生涯、何かをつくっていたい」と思っていたという。卒業後はデザイナーとして働きながら、プライベートでもものづくりを続けた。
そんな磯部さんが革製品をつくりはじめるようになったのは8年ほど前。きっかけは、以前働いていた職場で見た財布だ。
 
「当時ハーレーダビッドソンを扱うバイク屋さんでウェブ管理をしていたのですが、そこで出会ったバイカーさんのお財布がとても素敵だったんです。微細なカービングが施されていて、彫るのが面白そうだなと」
 
その財布は、横浜の末吉町にある「I☆N FACTORY」が手がけたもの。磯部さんはここの製品に心惹かれ、ワークショップに通って技術を身につけた。

磯部さんがつくった牛革の財布。「カービングは絵を描くような感覚で、楽しい」という
模様を入れるときはハンマーで刻印を打ち込み、つなげていく。いろいろなデザインの刻印を御徒町の専門店や海外の輸入サイトで購入するそうだ

現在は、本業のデザイナーをしながら、「I☆N FACTORY」から財布やベルトループの制作を受注したり、パシフィコ横浜で開催されるハンドメイドマルシェにオリジナル作品を出店したりしている。また、2019年には関内外OPEN11※の企画で開催された「I☆N FACTORY×ワークショップ」にアシスタントとして参加した。
 
「折り紙のようにして、革で動物の形をつくるワークショップでした。関内さくら通りで開催され、このときに出会った方々から、泰有社さんのビルはクリエイターがたくさんいると伺って。ちょうど彫金を始めたころでアトリエを探していたので、空きがないか相談しました」

まず、やってみる

彫金を始めたきっかけは、ベルトやカバンといった革製品につけるバックルやタブなどのあしらいも自分で手がけたいと思ったことから。最近はアクセサリーやキーホルダーなどにも創作範囲を広げている。

真鍮のキーホルダー

磯部さんがつくる金属製品は、ほとんどに真鍮が使われている。
 
「シルバーはきらきらと光を放つ魅力があると思いますが、私はもっと無骨な製品をつくりたくて、革とも馴染みがいい真鍮をメインにしています。日々の暮らしにどんどん馴染んでいき、経年変化を楽しんでもらえるアクセサリーづくりを目指したいなと」

「私のものづくりのきっかけは、『こういうのがほしい』なんです。それをみんなにも共有したいですね」と磯部さん

磯部さんはまた、“行動力”の人だ。「リスペクトする人から学びたい」という思いから、島根県まで学びに行ったこともあるという。
 
「関西の百貨店で、グレン T. オノウエさんというハワイアンジュエリーの先生がワークショップをされていたのですが、そこでの作業風景に『かっこいい! 私もそういうのを彫りたい』と思ったんです。すぐにグレンさんがいる島根の教室まで行きました」
 
「思い立った時には行動してしまっている」という磯部さん。普段の制作活動でも、自分がつくりたいものが見つかった時や依頼者から「こういうのつくれない?」と聞かれると、それが初めて挑戦するものだとしても「できない」ではなく、「自分なりに表現してみよう」と、まずはつくってみるのだという。

彫金で使用するエアーコンプレッサー。手元にある黒い台に金属を置いて彫っていく

磯部さんが真鍮アクセサリーや革製品づくりで一番好きな工程はカービング、いわゆる「彫り」だ。さまざま制作物があるなかで、アーティストとしての一貫性を、彫りで表現したいという。磯部さんの彫りの特徴は、曲線にある。
 
「唐草など、曲線美を追求できる模様をデザインに取り入れています。作家のアルフォンス・ミュシャが好きで、かなり影響を受けていますね。色使いやデザインのバランスなども勉強になりますが、私が一番意識して見ているのは、細かい模様の部分。ミュシャは曲線の流れがすごくきれいなんです」

磯部さんが参考にしているミュシャの作品集

アトリエをショールームに

革製品や真鍮アクセサリーのほか、ドライフラワーや流木アートなどのインテリアもつくる磯部さん。アトリエにもこだわりがみえる。
「インダストリアルな雰囲気が好きで、工業系のインテリアやアイアン家具などを置いています。それに合わせて、白い壁を自分で色塗りして雰囲気を変えました」

壁の仕切りごとに、塗装の仕方も変わる
「ボタニカルな色合いも好き」だという磯部さん。深い青色の壁にドライフラワーが映える

また、部屋にはドライフラワーをつかった雑貨がそこかしこに置かれている。これも磯部さんの作品の一つだ。
「クリスマスのシーズンは、リースボックスなどもつくります。普通のリースも販売していたのですが、ボックスだと飾りやすいし、片付けもしやすいからいいんじゃないかと思い、始めました」

ドライフラワーを詰めている瓶も、いろいろなかたちがある
リースボックス。飾らない時の収納もしやすいため、季節もののインテリアにぴったり

磯部さんはこだわりが詰まったこのアトリエを、いずれ「ショールームのようにして開放していきたい」と言う。ワークショップの構想もあるそうだ。
出会いとものづくりを結びつけていく磯部さんによって、次は何が生みだされていくのだろう。

※関内外 OPEN! は、横浜・関内外エリアを中心に活動するクリエイターのネットワークから生まれるイベント

PROFILE

磯部 由佳里 Isobe Yukari (ブランド名:Radiant things*/アーティスト名:Riicha)
 
2012年大阪成蹊大学芸術学部テキスタイル・ファッションデザインコース卒業。京都を拠点に活動したのち、2015年~横浜にて活動。2017年にWEBやDTPデザイナーとして起業。現在はデザイナーを本業に、アトリエにて革と真鍮のハンドメイド職人として、日々スキルを磨いて試行錯誤しています。

取材・文:安部見空(voids)
写真:大野隆介