泰生ポーチ1階の「泰生ポーチフロント」で定期的に活動している「さくらホームレストラン」。地域の誰にでも開かれた地域食堂として、2020年から活動している。今回は、その現場を支える山口美奈子さん(やまぐち・みなこ)さん、山崎礼子(やまざき・れいこ)さん、株式会社ピクニックルーム代表の後藤清子(ごとう・きよこ)さんから、改めてその歩みを振り返ってもらった。
活動の背景と立ち上げの経緯
「さくらホームレストラン」は、常設の店舗ではなく、横浜市中区相生町にあるコミュニティスペース「泰生ポーチフロント」で定期的に活動が続けられている地域食堂プロジェクトだ。このプロジェクトは、こども食堂の取り組みを参考にしながら2019年6月に実験的に初開催され、2020年6月から「地域の誰にでも開かれた」食事の提供を目指して続けられている。
関内はもともとオフィスビルが多く、地域住民そのものが少なく交流の場所もほとんどなかった。2000年代に入ってから古いオフィスビルが徐々にマンションに建て替わり、住み暮らす人が少しずつ増えてきたが、このまちで働く人と新規の住民が交わる場を企画する人も場もないままだった。住民コミュニティを育てていく必要が顕在化してきた関内駅海側の地域で、「さくらホームレストラン」はゆるやかな交流と地域の福祉資源につながることができる貴重な場として機能している。
コロナ禍の影響で一時活動が中断したが、テイクアウト形式で再開し、地域のニーズに応え続けている。また、活動の一環として「さくらフードパントリー」と呼ばれる無料の食材配布事業も並行して実施され、毎月第2または第3土曜日に食材を必要とする家庭に食べ物が届けられている。この活動により、関内のまち全体で徐々につながりが生まれ、食を通したコミュニティ形成が進んでいる。
運営メンバーとそのやりがい
さくらホームレストランの運営は、代表の後藤清子さんを中心に、副代表の山口美奈子さん、山崎礼子さん、一宮均(いちみや・ひとし)さん、荒井智(あらい・さとし)さんが支えている。後藤さんは泰生ビルで保育園「ピクニック・ナーサリー」を運営する保育事業者であり、一宮さんは民生委員。各メンバーが関内の多様な人たち、地域活動につながっている。
副代表の山口さんは、2017年まで関内さくら通りで約50年間にわたり「山田ホームレストラン」を兄と共に運営していた経験があり、そのつながりや技術を生かしてこのプロジェクトの運営にも積極的に参加している。山口さんは「地域の人々の絆を深めるための大切な場」としてこのプロジェクトをとらえているとのこと。「私、やっぱり関内が大好きで、関内で育ったから…」と、山口さんの話の端々から半世紀をともにした場所への愛着がこぼれ出る。そんな温かい気持ちが、このさくらホームレストランの運営の原動力になっている。山田ホームレストラン時代のお客さんも「さくらホームレストラン」に時折顔を出し、懐かしい出会いがあるという。
また、同じく食事作り担当として参加している山崎さんは長年、相生町町内会の事務局を務め、町内会費を集める仕事を担ってきた。一軒一軒に足を運び、飲食店や事務所を回ってつながりを築いてきた山崎さん。相生町界隈は飲食店が多く、町内会費支払いも円滑で、行事の際の協賛も協力的。山口さんも「お金は出すけれど町の行事に多くは口出ししない。そんな良い時代でしたね」と過ごしてきた年月を懐かしそうに振り返る。
関内で働き・住まう人々に対する山崎さんの関心と献身は、さくらホームレストランの大きな力となっている。「自分が役立てることがあるならささやかだけれど、地域の人々が安心して集まれる場所づくりに参加したい」という山崎さんの人脈は、ホームレストランと町内会や地域の商店との信頼づくりに役立っている。
レストラン開店日には、2人は厨房に立って調理の中心として大活躍している。にんじん・玉ねぎなどの野菜の下ごしらえ、2升炊きの炊飯器をフル回転させてごはんを何度も炊き、おかずを手際よくこしらえて弁当パックに彩りよく詰めていく。カレーは定番人気メニューだが、旬を取り入れた栗ごはんなどが提供される日は予約ペースも上々。夕方、お弁当を取りに訪れるお客さんとの会話も弾む。
関内で長年働いてきたメンバーそれぞれの人生とスキルの蓄積と、関内に対する愛着によって、「さくらホームレストラン」は、多世代交流が生まれる場所に育っている。
住宅地と異なる「ホームレストラン」の個性
さくらホームレストランは、こども食堂を基盤にしながらも独自の特徴がある。最大の違いは「こどもだけでなく、地域全体に開かれている」という点だ。一般的なこども食堂は、子どもたちのために地域住民が運営するのに対し、さくらホームレストランは区外に住む人々が中心となって運営し、その地域に住む人々のために活動している。
後藤さんは「住んでいないからこそ保てる適度な人との距離感がある」と感じている。住宅地のこども食堂では、こども食堂だけでは対応できない「暮らしの困りごとや地域の課題」や人間関係が持ち込まれることも少なくない。一方、さくらホームレストランは地域にありながら、運営者が「地域外」に住んでいることが利用者との間に適切な距離感づくりに役立っているという。「食事作りに集中できるため、長く楽しく続けられるし、人間関係のいざこざが少ないからこそ気軽に利用してもらえる」と、山口さんは振り返る。
二つ目の特徴は、働く人々の地域コミュニティ形成に寄与する姿勢だ。関内地域は日中に働く人口が多く、夜間は住民が少ない。町内会にも飲食店や事務所などの経営者が多く加入しているが、山崎さんは「みなさんお祭りの時などに快く協賛してくれたり、イベントにも協力してくれたり、一体となって関内を盛り上げようという意識の方が多い」と話す。
さらに、さくらホームレストランは、関内・関外地区の「福祉リソースの南北格差」の解消も目指しているという。JR・地下鉄関内駅を基点として、海側には地域ケアプラザも地区センターも公立学校もなく、地域住民が気軽に集まることができる場所が限られている。この「泰生ポーチフロント」は、公共施設がほとんどない地域に、人々のつながりを育む「公共的な空間」と活動を提供している。さくらホームレストランのメンバーはこの場所で、小さな課題を意識しつつ、楽しい活動をつくりながら、関内地区・海側のコミュニティ形成を目指している。
今後の展望と目標
今後の目標として、さくらホームレストランは「活動を長く続けることで、支援が必要な家庭や個人により深くアプローチしていきたい」と後藤さんは話す。地域に根付いた活動を続け、さらにネットワークを広げながら、地域住民や個性豊かな多様な事業者との協力を進めていく計画だ。すでにこの界隈で働く建築家や起業家、クリエーターの人たちとの連携も始まっている。
この小さくても温かい「さくらホームレストラン」をきっかけとして、メンバーたちは困っている子どもや大人、それぞれに支援が届きやすい流れをつくり、持続可能な関内コミュニティの実現を目指したいと、活動を続けていく。
PROFILE
さくらホームレストラン
さくらホームレストランは、横浜市中区関内地区で2019年から活動を続ける地域食堂。誰にでも開かれた食事の場を提供し、地域住民や働く人々との交流を促進している。こどもから大人まで参加でき、多世代交流を通じて地域コミュニティの絆を深めることを目指している。
「関内地域で、誰でも気軽に安心しておいしい食事ができる地域食堂&フードパントリーです。子どももおとなもみんな一緒にあったかいご飯を、ぜひ食べにいらしてください」
取材・文:宮島真希子
写真(*をのぞく):大野隆介