MAGAZINE

トキワビル
入居者ファイル#60
阿部剛士さん(阿部工房)

建築技術者として横浜の街を支えている阿部剛士(あべ・つよし)さんは、横浜の創造都市構想を牽引した「BankART1929」との出会いを機に、2009年からアーティストの道も歩みはじめた。産業廃棄物からチラシ、レシートまで、あらゆるものを作品に変える阿部さんのアトリエには、アイデアと素材が宝の山のように積み上がっている。

建築技術者の運命を変えたBankART1929

関内エリアにあるトキワビルにアトリエを構え、建設会社で建築技術者として働きながらアーティストとしても活動する阿部剛士さん。建築技術者の仕事について尋ねると、横浜になじみのある人なら一度は訪れたことがある商業施設などの名前を教えてくれた。
 
「市内の事例で言うと、みなとみらいエリアにあるホテルや、駅直結の大規模ショッピングモールなどの外壁や塗装、設計図の確認などを担当しましたね。我が社が扱う建物が品質基準に則って施工されているかを確認する、いわゆるインスペクターのような仕事です」
 
阿部さんがアートと出合ったのは2009年のことだ。東海大学で非常勤講師も務めるようになり、都市計画や横浜のまちづくりを研究するようになった阿部さんは、「BankART1929」が2018年まで運営した文化芸術拠点「BankART Studio NYK」を視察した。
 
「そのときに展示のレセプションパーティーが開催されていて、ワイワイと楽しそうにしているのが見えました。その様子が忘れられなくて夜に戻ると『さっきも来ていたよね? おもしろいでしょ?』と、当時の副代表だった池田修さんが話しかけてくれたんです」
 
阿部さんはそこからBankART Studio NYKのバーに通い詰め、アーティストやキュレーターらと交流するようになった。アーティストの手伝いを経て次第に自分も作品をつくるように。BankART1929のレジデンスプログラムに毎回応募し、兼業しながら市内のアートプロジェクトなどで作品発表を続けた。阿部さんは当時の出会いをこう振り返る。
 
「BankARTでの飲み会がきっかけで運命が変わったようなものです。あのとき池田さんに声をかけられなければ、こんなふうに作品づくりをしていなかったと思います」

取材中の阿部さん。机の上には作品の素材や道具が並ぶ

日常を記録し、廃棄物や製品をアートとして再生させる

アーティストとしてのポリシーは、捨てられたものや壊れてしまったもの、工業製品などを組み合わせて、美術という形で再生させること。建設現場にある産業廃棄物の箱は阿部さんにとって“宝の山”。「形を変えたら何か別のものになるかもしれない」という発想が制作の源になっているという。
 
2010年、市内の街中で行われる「都筑アートプロジェクト」に出展された《盆栽MH》は、横浜市のマンホールの模様をコンクリートパネルに掘り、工業用漆で仕上げたインスタレーションだ。「マンホールの窪みに苔や石が詰まっていると盆栽に見える」という発想から生まれたこの作品は、友人にも「展示場所がわからない」と言われるほど精巧なつくり。日常の風景を美術として捉えなおす阿部さんらしい初期作だ。

《盆栽MH》 *

また、阿部さんが関心を寄せるテーマの一つに、戦争がある。《1945H》と題した作品は、ゼムクリップを変形させてつくったB29や折り鶴が、30センチ四方の針金のフレーム内を飛び回る。この作品は「一般社団法人日本建築美術工芸協会」が主催した2023年の「第6回BOX展」で入賞。今でもB29の機体づくりは継続しており、横浜大空襲で実際に飛来した517機分をつくるまで続ける予定だ。

《1945H》の一部だった折り鶴。仕事で広島に出張したことがタイトルやモチーフの一部になっている

さらに、阿部さんの作品からは日常を几帳面にアーカイブするこだわりを感じられる。2015年に仙台市で行われた「せんだい21アンデパンタン展」で出品した《Life tsugui message》は、スーパーのチラシを綴じて合皮のカバーをつけた、書籍のような作品だ。
 
作品名や題材の源は、阿部さんが宮城県気仙沼市の震災復興住宅の現場で出会ったツグイさんというCADオペレーターにある。ツグイさんが残したスーパーのチラシと「大根が安い」「今日は寒いから鍋」などと書かれた付箋も綴じ込まれ、日常のやりとりが作品に姿を変えて残された。
 
そんなふうに、阿部さんは切符からレシート、神社のおみくじなども数年単位にわたって保存しており、アトリエにも保存用のファイルが並ぶ。“いつか作品になるかもしれない”と、日常のあれこれを温めつづけることが習慣として染み付いているそうだ。

阿部さんのアトリエの全景
阿部さんがいつも持ち歩いている手帳。アイデアや電車で見かけた人のスケッチ、日付などが必ず書き込まれている

思いついたらすぐ試せる。この環境は貴重

BankART1929が運営したレジデンスには10年近く関わりつづけてきた阿部さん。トキワビルへの入居の決め手もその時代の仲間たちの勧めだった。制作環境は変わっても阿部さんの制作意欲は変わらない。
 
「素材や道具が揃っているから、それを見て閃いたりすぐに試したりできる。私は場所があればいいので、ここでひっそりと思いついたものを試しています」
 
作品制作の幅は広く、最近はボードゲームづくりに力を入れているそうだ。たとえば「不動産屋ゲーム」はリビング、とこのま、廊下などと書かれた木製チップをランダムに引き、それらを組み合わせて間取りを完成させる。さらに、完成した間取りを不動産屋の営業になりきってセールストークをしなくてはいけない。

不動産屋ゲームのパーツや間取り。「コンピューターゲームや携帯ゲームと違ってルールや遊び方も自分で決められるものがおもしろい」と阿部さんは言う

今では孫への贈り物として、鯉のぼりをつくったり、キャラクターのぬいぐるみをつくったりなど、家族との交流にも阿部さんの作品が存在する。孫が自作のおもちゃで遊ぶ写真や映像を見る阿部さんは、とても楽しそうだ。
 
「思いつきはたくさんあるのですが、どうしても時間が足りません。『次はこれをつくろう』というネタは多いのですが『何だっけ?』というメモも増えてきています。でも、考えすぎると人生がつらくなるので、気楽にやっていますよ」
 
建築技術者とアーティストを行き来する阿部さんにとって、この一室は日常の記録と制作のための大事な場所だ。トキワビルで手を動かすその姿は、横浜の創造都市構想が育んだ流れをたしかに受け継いでいる。

PROFILE

阿部剛士(あべ・つよし)
建築技術者・美術家。1987年北海道東海大学芸術工学部卒業、「桜プロジェクト」(2009)、「BankART AIR Program」(2010〜2011)、「都筑アートプロジェクト」(2010〜2013)、「吉田町アンデパンダント展」(2011〜2012)、2012年よりハンマーヘッドスタジオに入居。「模倣」と「みたて」をテーマに、工業製品や廃材を用いて作品を制作。東海大学工学部非常勤講師。

取材・文:中尾江利(voids)
撮影:前川俊幸(*以外)

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