2026年1月31日(土)と2月1日(日)、弘明寺・GM2ビル2階の「アートスタジオ アイムヒア」では「弘明寺リレートーク2026」が開催された。主催は横浜国立大学の「地域連携推進機構Next Urban Lab」。同大学教員で彫刻家・評論家の小田原のどかさんが立ち上げた、研究プラットフォーム「地域社会と芸術の関わりを考える」の一環として開催された。
登壇者27名が弘明寺での活動をリレー形式で伝え、2日間で約100名が来場した。トークの一部を前後編でレポートする。
地域社会と芸術の関わりを考える
彫刻家・評論家・出版社代表といった多岐にわたる活動を見せる小田原のどかさん。2024年10月に、横浜国立大学の教員に着任した。そこで立ち上げたのが、研究プラットフォーム「地域社会と芸術の関わりを考える」だ。
アーティストが社会と関わり、社会課題などにアプローチする「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」が国際的に注目を集めるなか、このプラットフォームは弘明寺という地域に大学とアートを開く道を探る。その具体的なアプローチが、所有物件にクリエイターや現代美術家のスタジオがある泰有社と、スタジオを運営する渡辺篤さん・小泉明朗さんといった現代美術家との協働だった。
登壇者には、特別支援学校校長や図書館司書、横浜市役所職員といった、物件入居者の枠を越えたさまざまな人たちがいた。自己紹介や交流のきっかけになるようなトークが続いた。本レポートでは登壇順を入れ替えて、主に5名の登壇者をご紹介する。
会場は「アートスタジオ アイムヒア」と、2026年2月にオープンしたコミュニティスペース「マチノテコ」だ。アートスタジオ アイムヒアにはコタツやお菓子が用意され、親に連れられた子どもが寝転がるなど、飾らない雰囲気が広がっていた。
「弘明寺」というエリアのキーパーソンから
密な人間関係が地域を盛り上げる原動力──横浜弘明寺商店街協同組合・理事長の小林宗之さん
横浜市南区・弘明寺を象徴するのが「弘明寺かんのん通り商店街」と「瑞應山 蓮華院 弘明寺」だろう。泰有社物件に入居する建築家やアーティストに続いて、商店街と寺院のキーパーソンが登壇した。
GM2ビル4階にあるシェアハウス「ニューヤンキーノタムロバ(タムロバ)」に以前入居し、商店街でも活動してきたダバンテス・ジャンウィルさんと共に、横浜弘明寺商店街協同組合理事長の小林宗之さんが登壇。小林さんのトークは、ダバンテスさんとの対談で展開された。
ダバンテスさんは「一方的なトークではなく、相互に語るような時間にしたい」と話し、「近くの来場者同士でトークに来た理由を語り合って」と会場を巻き込んだアイスブレイクで場を温めた。
「やっぱり理事長さんからは商店街の説明を……」というダバンテスさんの導入のもと、二人が掛け合いながら商店街の始まりを語る。1945年に任意団体『銀星会』が発足。現在の協同組合の前身とされ、横浜大空襲の時期に弘明寺が難を逃れたことが背景にあるという。
ダバンテスさんからは「理事長はどのように就任し、どのような仕事をしているのか」と率直な質問が投げかけられた。小林さんは協同組合の仕組みや仕事のやりがいについて語った。
「理事長は選挙で決まります。商店街を6つのブロックに分けて投票し、さらに6ブロックを統合したうえで投票を行って理事長になります。どんな仕事をしているかというと、商店街は通年でいろんなイベントをやっているので、そのために行政から補助金をもらえるように折衝したり、学校などのいろんなコミュニティの人たちと商店街を通じて協働したりしています。大変ですけれども、楽しいですよ。いろんな人と触れあって、この地域が盛り上がっていけばいいと思っています」
生まれも育ちも弘明寺だという小林さんは、弘明寺への愛着も深い。このまちの魅力は人間臭さだと話す。
「私は食事をしたり、お酒を飲んだりするときは必ず弘明寺で、と決めています。弘明寺の良さは人間臭さ。弘明寺には人間対人間の濃い付き合いがあると感じています。密な人間関係が地域を盛り上げる原動力だと思っているので、それを意識して、地元で何かをする、生まれ育ったまちにお金を使うことが大事だと思っているんです」
「今と昔で変わったところは?」という問いには、泰有社やその入居者の働きもあり、まちに変化が見えてきたと小林さんは話す。
「泰有社さんのおかげで、アートスタジオができたりスペシャルティコーヒー店のPEACH COFFEEができたりなど、若い人が集まりやすい環境ができたと思っています。『橋の上の、弘明寺市場』のおかげで、今までに来なかったお客さまが増えてきました。今後もそういったイベントや活動を通じて、若い人が集まってくれるまちになるといいなと思っています。
今日も店からここまで来るのに6〜7人とあいさつをしました。これからの目標はこのアートスタジオから店に帰るまで10人くらい、挨拶を交わせる人が増えることです」
「知り合いが多いほど学ぶことも多く、まちが盛り上がる」と話す小林さん。小林さんの商店街への思いの深さがうかがえるトークだった。
皆さんの表現が方便となる──瑞應山蓮華院弘明寺の副住職・美松寛大さん
京浜急行線と横浜市営地下鉄の2路線の駅名や地名にも冠される「瑞應山 蓮華院 弘明寺」。その副住職である美松寛大さんが登壇し、「僧侶は何をするべきなのかを日々考えている」と静かに説きはじめる。
「『安心(あんじん)』という言葉があります。この安心を与えるのが僧侶の役割だと僕は思っています。日常的に使う『安心(あんしん)』は一過性のものです。お腹が空いたらご飯を食べますよね。でも、またお腹が空く。安心(あんしん)はその都度求めてしまうものですが、安心(あんじん)は永久的に続くものです」
美松さんは「安心を伝える方法は『方便』と呼ぶ」と話し、一人ひとりが役割をもってこの世界を形成する存在なのだと説く。僧侶の視点で語られる創造性の力に、会場が聴き入った。
「安心を与える方法は皆さんが持つさまざまな方便になります。私は書道に力を入れていて、私の書を見た人が救われる気持ちになればいいなと思うことがあります。皆さんのアートにもメッセージ性がありますし、きっと安心として受け取られているでしょう。
一人ひとりが役割を全うして一つの世界を形成する状態が宗教美術の『曼荼羅』であり、世界が曼荼羅の中に収まっていると考えるのが真言宗の教えです。『私は曼荼羅の中に入っているのだ』という満たされた感覚が安心です」
「弘明寺はもともと、求明寺と書いたそうです。変遷には諸説があって、『観音様の人を助けたいという誓いは海のように深い』を意味する『“弘”誓深如海(ぐぜいじんにょかい)』という言葉が、鎌倉時代に今の弘明寺にあてがわれたという話があります。
人はまず、光と安心を求めて寺を訪れる。そこで自分の役割を認識し、心が満ちた状態で出た時は、自分が安心を与えられる。だから明りを広める寺、弘明寺になったのではないかと思っています。そんなことを考えてこのまちで僧侶をやっています」
商店街と寺院、弘明寺の2つの顔を支える人物からの話を聞けたことは、あらためてまちを深く知る機会となった。後編では、泰有社の伊藤康文や、タムロバに入居するぴろさん、そして主催を務めた小田原のどかさんのトークに続く。
INFORMATION
弘明寺リレートーク2026
開催日時:2026年1月31日(土)、2月1日(日)12:00〜18:00
トーク会場:アートスタジオ アイムヒア
展示会場:マチノテコ
主催:横浜国立大学地域連携推進機構Next Urban Lab「地域社会と芸術の関わりを考える」
トーク登壇者(登壇順):
1日目/株式会社アキナイガーデンスタジオ(建築家)、スリバチ(建築コレクティブ)、飯島大地(再生家)、中戸川伸一(横浜国立大学教育学部附属特別支援学校長)、小林宗之、ダバンテス・ジャンウィル(橋の上の、弘明寺市場実行委員長)、MIA、伊藤康文、渡辺篤(現代美術家・社会活動家)、美松寛大、小泉明郎(アーティスト)、小市聡(前横浜総合高校校長・NPO法人体験活動サポート開港場代表)、Aki Iwaya(アーティビスト)
2日目/橋葉まんほーる(小説家)、FJMY(表現者)、小田原のどか、藤岡佳祐(横浜市職員)、山田千永(漫画家)、菊池真理(横浜市南図書館司書)、大崎エクサム杏仁花
(プロデューサー・ライター)、髙橋優弥(フリーター)、ぴろ、犬山さき(アーティスト)、Syuhei inoue/Studio neutral(フォトグラファー)、永野凜(日本語教師・旅好き)、井上須美(システムエンジニアなど)、百崎佑(PEACH COFFEEのオーナー・バリスタ)
取材・文:中尾江利(voids)
写真:大野隆介
