2026年1月31日(土)と2月1日(日)、弘明寺・GM2ビル2階の「アートスタジオ アイムヒア」では「弘明寺リレートーク2026」が開催された。トークの一部を前後編でレポートする。
弘明寺の顔ともいえる「弘明寺かんのん通り商店街」と「瑞應山 蓮華院 弘明寺」を支える人物のトークに続き、後編では泰有社の伊藤康文や、泰有社物件に入居するぴろさん、そして主催を務めた小田原のどかさんのトークを紹介する。
遊休物件にアーティストを誘致した「芸術不動産事業」
アーティスト・クリエイターの創造力で、ビルとまちが変わった──泰有社・伊藤康文
「クリエイターやアーティストはまちを変えてくれる」。そう話すのが泰有社の伊藤康文だ。泰有社はヴィンテージビルの特性を活かし、自由にリノベーションできる物件としてアーティストやクリエイターとの関わりを深めてきた。
ある日、新聞で「芸術不動産事業」を知った。それは、アーティストやクリエイターを遊休物件に誘致して活用する横浜市の政策だった。その後、まちづくりのNPOを介して次々と入居者の輪が広がった。
「当時はリノベーションが流行り始めたときで、アーティストやクリエイターの力で古いビルが生まれ変わりました。僕たちは彼らの創造力の凄さを確信して誘致を模索しました。入居者主体の活動が発展すると、ビルがまちのようになっていくんです」
その動きを弘明寺にもたらそうとしたのが2018年だ。水谷ビルを建築家のシェアハウスにリノベーションし、GM2ビルでは現代美術家の渡辺篤さんや小泉明郎さんがスタジオを構えた。そして2022年にGM2ビル4階に生まれたのが、後述する「ニューヤンキーノタムロバ(タムロバ)」だ。
「ここに不動産会社の人がいたら、『敷金・礼金といったしきたりを見直して、物件を解放して寛容になろう』と伝えたいです。僕たちではなく、入居者の皆さんが主役です。自慢させてください。ここにいる人が僕たちの財産です」
この弘明寺だから挑戦したい
タムロバで自分を変えたい──タムロバのコミュニティビルダー・ぴろさん
タムロバに入居し、入居者のまとめ役となっているのがぴろさんだ。ぴろさんは小さい頃から何かを作ることが大好き。宿題で日記を書けば「読むのが大変だから削ってくれ」と先生に言われるほどだった。
今は雑貨屋でポップを作る仕事をしている。かつては美術大学のデザイン専攻に通って制作に打ち込んだが、「社会人になるとそれも変わってしまいました」と話す。
「仕事以外で作る機会もないから創作が怖くなってしまったし、クリエイティブな部分にどんどん蓋をするようになりました。極度の人見知りで人と話すのも怖いんです。こんな自分を変えたくて、悶々としていました」
転機となったのがタムロバとの出会いだ。「自分の創造性で社会規範を打ち破る」をコンセプトに掲げるシェアハウスで、入居者の活動を支える「コミュニティビルダー」として暮らし始めた。
「実際に住んでみると苦手なことも多く、自由になりたがっているのに箱に閉じ込められてしまう“パンパンぴーなっつ状態”になってしまうこともありました。でも“ぴろがっている状態”になることも増えてきました。ぴろが広がっているいい状態のことです」
“ぴろがっている状態”になれたのは、入居者と一緒にラップを歌ったときや友達の子どもと遊んで喜んでもらえたときだった。日々、「ぴろぴろ相談室」で入居者の相談に乗ったり、お互いを知り合うコミュニケーションゲームを企画したりしている。
「コミュニティビルダーに正解はありませんが、私のなりたい姿は、人を支える・同じ目線に立つ・しゃべるのが下手でも関わろうとすることではないかと思います。タムロバを卒業するときにはもっと自分を好きになりたいですし、仲間と別れを惜しみあえる、そんな関係性をつくりたいと思っています」
弘明寺でアーティスト育成の場を広げ、大学の機能を開きたい──彫刻家/評論家・小田原のどかさん
泰有社の伊藤や、ぴろさんのトークが示したのは、物件が開かれることで人の創造性も開かれていくプロセスだ。次は「弘明寺で若手アーティストのための場をつくりたい」と話す小田原のどかさん。小田原さんは、自身の生い立ちから弘明寺に来るまでを振り返った。
「私は彫刻家・評論家で、宮城県仙台市出身です。仙台市は彫刻のあるまちづくり事業を1970年代から行っており、私は公共彫刻を見ながら育ちました。私にとっての最初の美術との出会いは、美術館での鑑賞ではなく、まちにある彫刻を見たり、彫刻がある公共空間でおしゃべりしたり居眠りしたりするものでした」
人はなぜ、人を模した彫刻を数千年にわたって必要としつづけているか──。そんな問いを持ちつづけ、小田原さんは研究や作品発表、書籍の出版を続けてきた。
2021年12月から翌年2月まで、国際芸術センター青森で開催された個展「近代を彫刻/超克する─雪国青森編」では、大熊氏廣と高村光太郎の彫刻から近代日本史を見つめた。小田原さんは「彫刻を介して、社会と芸術の関わりを考えることは私にとって必然でした」と話す。
2024年に横浜国立大学の専任教諭となり、着任してから1年半は大学での公開講座を開催してきた。それも大事な取り組みだったとしつつ、「大学が外に出て行くことも大切ではないか」と言う。
「私と弘明寺の関わりを振り返ると、渡辺篤さんや小泉明郎さんの批評を書いてきました。『興味深い現代美術家がなぜ、弘明寺の同じビルにスタジオを構えているのか?』と考えました。リサーチすると本学の開校の地は弘明寺であり、附属校や特別支援学校もあると知りました。その起点に泰有社の存在があり、さらにタムロバもあって、いろんな表現をする人たちがこの地にいます。だからこそ、私は大学の機能をここに開きたいと思いました」
「今後は、美術家が活動の持続や休息を選べたり考えたりする場所をつくりたい」という小田原さん。「商店街、お寺といった重層的な歴史をもつこの地で、社会と芸術が関わり、社会を前進させる実践を続けたいですね」と、自身のトークを締めた。
マチノテコでは展示も
「弘明寺リレートーク2026」はタムロバ見学ツアーや展示も行われた。GM2ビルの隣、金物屋の「さいたまや」をリノベーションしたコミュニティスペース「マチノテコ」にはさまざまな作品が並び、トークの休憩時間は来場者でにぎわった。
2日間で聴衆100名以上が来場し、大盛況に終わった「弘明寺リレートーク2026」。創造と知がここから開かれていく予感を残した。
INFORMATION
弘明寺リレートーク2026
開催日時:2026年1月31日(土)、2月1日(日)12:00〜18:00
トーク会場:アートスタジオ アイムヒア
展示会場:マチノテコ
主催:横浜国立大学地域連携推進機構Next Urban Lab「地域社会と芸術の関わりを考える」
トーク登壇者(登壇順):
1日目/株式会社アキナイガーデンスタジオ(建築家)、スリバチ(建築コレクティブ)、飯島大地(再生家)、中戸川伸一(横浜国立大学教育学部附属特別支援学校長)、小林宗之、ダバンテス・ジャンウィル(橋の上の、弘明寺市場実行委員長)、MIA、伊藤康文、渡辺篤(現代美術家・社会活動家)、美松寛大、小泉明郎(アーティスト)、小市聡(前横浜総合高校校長・NPO法人体験活動サポート開港場代表)、Aki Iwaya(アーティビスト)
2日目/橋葉まんほーる(小説家)、FJMY(表現者)、小田原のどか、藤岡佳祐(横浜市職員)、山田千永(漫画家)、菊池真理(横浜市南図書館司書)、大崎エクサム杏仁花
(プロデューサー・ライター)、髙橋優弥(フリーター)、ぴろ、犬山さき(アーティスト)、Syuheiinoue/Studio neutral(フォトグラファー)、永野凜(日本語教師・旅好き)、井上須美(システムエンジニアなど)、百崎佑(PEACH COFFEEのオーナー・バリスタ)
取材・文:中尾江利(voids)
写真:大野隆介
