2026年1月31日(土)と2月1日(日)、GM2ビル2階の「アートスタジオ アイムヒア」で行われた「弘明寺リレートーク2026」。主催は横浜国立大学の「地域連携推進機構ネクスト・アーバン・ラボ」。同大学教員で彫刻家・評論家の小田原のどかさん企画のプロジェクト「地域社会と芸術の関わりを考える」の一環として開催されました。
弘明寺の現代美術家やクリエイターにとどまらず、多種多様な人びとが集まり、その活動をリレー形式で伝えた本イベント。2日間で聴衆約100名が来場する盛況でした。その熱いトークの一部をお届けします。
1日目
弘明寺の魅力は人間臭さ。密な人間関係が商店街の原動力──小林宗之さん(横浜弘明寺商店街協同組合の理事長)
商店街の理事長を務め、弁当・惣菜店「あしな」を営んでいます。協同組合の前身は、1945年に発足した任意団体「銀星会」。横浜大空襲で各地が焼け野原となるなか、弘明寺は奇跡的にその難を逃れられたと聞いています。
私は2023年に理事長に就任しました。理事長の仕事は、年間のイベント運営に向けた補助金申請や、学校など地域の人々との協働です。大変さはありますが、ふれあいのなかでまちが盛り上がっていくのは楽しい。私は食事も酒も基本は生まれ育った弘明寺で、と決めています。弘明寺の魅力は人間臭さで、密な人間関係こそが地域の原動力だと思うからです。近年は泰有社の取り組みでアートスタジオや若い人のお店も増え、「橋の上の、弘明寺市場」を機に新しい客層も見られます。これからも活動を重ね、若い人が集まるまちにしていきたいです。
皆さんそれぞれの個性や表現が、安心(あんじん)を伝える方便そのもの──美松寛大さん(瑞應山蓮華院弘明寺の副住職)
瑞應山蓮華院弘明寺の副住職として真言宗の教えを伝えています。常日頃から、永続する心の安らぎである「安心(あんじん)」を与えることが僧侶である私の役割だと思っています。
「曼荼羅」をご存知でしょうか。これは、一人ひとりが役割を全うして世界を成り立たせる姿そのもの。自分がその一部に在ると知り、満たされる感覚が安心です。
本質性を伝えるための手段が「方便」であり、人々は自らの本質や世界の理に気づくと安心を得るものだと思います。それ故に皆さんそれぞれの個性や表現が方便になり得ます。私は書道を大切にしていて、自分が書いた字が人々に安心を与えることを願って筆を執っています。
弘明寺はかつて「求明寺」と書いたともいわれ、「弘誓深如海」*という観音様のお経より、「弘」があてがわれ現在の表記となったといわれております。光を求めて寺を訪れ、自分の役割を知って心満ちて帰る時、人は安心を広める側になる。そんなことを思い描きながら、このまちで僧侶を続けています。
*読みは「ぐぜいじんにょかい」。観音様が人を救おうとする誓いが海の如く深いということ。
アーティスト・クリエイターの創造力で、ビルとまちが変わった──伊藤康文(泰有社)
私は平たく言えばビルのオーナー業をしています。2000年頃に泰有社に入社し、ビルの運営を担ってきました。かつては不動産会社任せで入居審査をするだけでしたが、リーマンショックを機に空室が増え、自ら仕掛けなくては、と感じました。
ある日、新聞で「芸術不動産事業」を知り、横浜・関内でアーティストやクリエイターの誘致に乗り出しました。彼らによるリノベーションでビルが生まれ変わり、その創造力の凄まじさを僕らは確信しました。
関内での動きを2018年から弘明寺にも広げ、ビルのリノベーション、現代美術家・渡辺篤さんや小泉明郎さんの入居、そして「ニューヤンキーノタムロバ」の誕生へとつながりました。同業者には「敷金礼金などの慣習を見直して創造力豊かな人たちに物件を開放すると、まちが変わる」と伝えたい。自慢させてください。ここにいる人たちこそ僕らの財産です。
2日目
創造性に蓋をしてしまった人見知りの自分。タムロバで変わりたい──ぴろさん(ニューヤンキーノタムロバコミュニティビルダー)
幼い頃から絵を描いたり作ったりするのが大好き。それが高じて、雑貨店のポップを作る仕事をしています。美大ではイラストや文章、身体表現まで自由に創作できたのに、社会人になって創造性に蓋をするように。極度の人見知りもあって自分を変えたいと悩んでいました。
そこで見つけたのが1年限定のシェアハウス・ニューヤンキーノタムロバ。挑戦する人が集う場で、入居者を支えるコミュニティビルダーをしています。住み始めると、次第に心が“ぴろがっている” と感じる瞬間が増えました。タムロバでは人の悩みを聞いてメモを残したり、イベント用の看板を描いたりしています。橋の上の、弘明寺市場や子ども食堂での活動にも参加しました。
私がなりたいのは、同じ目線で人を支え、話すことが苦手でも人と関わろうとする人。タムロバ卒業までにもっと自分を好きになりたいと思っています。
社会と芸術の関わりを紐とき、弘明寺に大学の機能を開きたい──小田原のどかさん(彫刻家・評論家)
私は宮城県仙台市出身です。仙台市は彫刻のあるまちづくりで知られ、私にとって美術とは、彫刻がある公共空間で自由に過ごすものだという原体験があります。人はなぜ、数千年にわたり人を模した彫刻を社会の中に必要としてきたのか。それを考え続け、研究や制作を続けています。2024年には横浜国立大学教員となり、公開講座を続ける中で大学が外に出る必要性を実感しました。
今まで私は渡辺篤さん・小泉明郎さんの批評などを書いてきて、興味深い現代美術家のスタジオがなぜ弘明寺にあるのかと疑問を抱きました。調べると、泰有社さんの存在を知り、本学開校の地が弘明寺で附属学校もあること、タムロバをはじめ多様な表現者がいると知りました。
私は大学を地域に開き、さまざまな美術家が活動の持続や休息を選べたり考えたりできる場所をここでつくりたいと思っています。商店街や寺院といった歴史をもつこの地で、社会と芸術が関わり、社会を前進させる実践を続けたいですね。
「マチノテコ」では展示も
コミュニティスペース「マチノテコ」では、登壇者たちの創造性が詰まった作品展示も。横浜市南図書館から借りた昔の弘明寺の姿を伝える写真や、橋の上の、弘明寺市場の記録写真、建築家が製作した設計模型、絵画作品など……。トーク同様、その多様さに驚きます。マチノテコには300名以上が訪れました。
登壇者
1日目
株式会社アキナイガーデンスタジオ(建築家)、スリバチ(建築コレクティブ)、飯島大地(再生家)、中戸川伸一(横浜国立大学教育学部附属特別支援学校長)、小林宗之、ダバンテス・ジャンウィル(橋の上の、弘明寺市場実行委員長)、MIA、伊藤康文、渡辺篤(現代美術家・社会活動家)、美松寛大、小泉明郎(アーティスト)、小市聡(前横浜総合高校校長・NPO法人体験活動サポート開港場代表)、Aki Iwaya(アーティビスト)
2日目
橋葉まんほーる(小説家)、FJMY(表現者)、小田原のどか、藤岡佳祐(横浜市職員)、山田千永(漫画家)、菊池真理(横浜市南図書館司書)、大崎エクサム杏仁花(プロデューサー・ライター)、髙橋優弥(フリーター)、ぴろ、犬山さき(アーティスト)、Syuheiinoue/Studio neutra(l フォトグラファー)、永野凜(日本語教師・旅好き)、井上須美(システムエンジニアなど)、百崎佑(PEACH COFFEEのオーナー・バリスタ)*登壇順