「泰有社」物件に魅せられた人々を紹介する「入居者ファイル」シリーズ。今回は、泰生ポーチに入居する「TDLアーキテクツ」の田野耕平(たの・こうへい)さんにご登場いただきます。
3つの拠点を行き来しながら設計に取り組む
住宅を中心に、店舗やオフィスなどの設計を手がける、TDLアーキテクツの田野耕平さん。木村留美さんとともに2017年に事務所を立ち上げ、グッドデザイン賞やキッズデザイン賞など、数々のデザイン・設計の賞を受賞している。
泰生ポーチに入居したのは2021年春だが、オフィスはここ以外に池袋と前橋にもある。3つの場所を移動する生活は、仕事上の必然性やライフスタイルの変化とともに生まれていった。
田野さんも木村さんも前橋工科大学出身の縁で、東京や神奈川のほか、群馬の仕事も多い。事務所開設時は東京にのみオフィスを借りていたが、コロナ禍で群馬への移動が頻繁にできなくなったことを受け、前橋にも拠点をつくった。
一方で横浜にも借りたのは、事務所と並行して教職に就いていた神奈川大学を退職する際、引き取った建築関連の蔵書を収容するためだ。その数、300冊以上。東京の事務所には入りきらず、近隣に保管できる場所を探したが、立地的にレンタル倉庫でも高額になる。倉庫よりも開放的で、都内のように賃料が高くないところ……。そう考えていたときに出会ったのが泰生ポーチだった。
「このあたりがクリエイターの多い土地柄であることも知っていたので、借りる動機の一つになりました」
関内は馴染みのある場所だった。近くの新井ビルに神奈川大学の建築の学生が主体となってリノベーションした共同研究室があり、その関連で「関内外OPEN!」(横浜の都心臨海部エリアのクリエイターによるイベント)の窓口を担当していたこともある。
「関内は、海や港といった広大な風景から、駅周辺にある路地裏まで、まちのスケールが多様なところがいいですよね」と話す。
泰生ポーチは月に数回利用している。本が充実しているため「設計のアイデアを考えるときや、手がかりをつくりたいとき」に来ている。
「3つの場所を借りることは、各地域で日常を過ごし、腰をすえるということ。ワーケーションのように一過性ではなく責任を持つ感覚もあります。どの拠点も1〜2年目ということもあって、それぞれの場所で何ができるのか模索しているところです」
住む人の「その先」を考えた建築
田野さんが「タノデザインラボ」として独立したのは2012年。これまで個人住宅や集合住宅、シェアハウスといった住空間のほか、保育園、企業のオフィス、美容サロン、ファッションブランドの商空間など、幅広く設計を手がけてきた。
そのなかで大事にしているのは「その先を考えた建築」。つくるプロセスも踏まえて使う人の未来を考えていくことだ。
神奈川県藤沢市にある分譲建売の「ガーデンスクエア鵠沼」は、大学院の恩師・石田敏明先生らと共同で取り組んだ。土地のなかに3軒をつくる依頼だったが、土地は建ぺい率40%の制限がかかる地域。60%の外部空間をいかに設計するかを模索した。結果、3つの家の敷地に塀やフェンスは設けず、デッキや枕木を敷き詰めた共有スペースに。共有部分の維持管理は、住民とともに分譲会社が行っている。
つくったら終わり、売ったら終わりではない、その後の使い方までイメージし、長く続く方法を提案していく。こうした考え方の源は、かつて在籍していた設計事務所である空間研究所で培われたという。
「日本女子大学住居学科の篠原聡子先生の事務所ですが、ここで家族のかたちや住み方を徹底的に考えるスキルを身につけました」
空間研究所在籍時に担当した、東京・神楽坂にあるシェアハウス「SHARE YARAICHO」(2012)では、当初賃貸のワンルームを予定していたが、単身で住む未来を考えた結果、シェアハウスの提案になった。都心部に林立するタワーマンションを対象に、どのようにコミュニティが醸成されていくかなどの調査も行った。
過去・現在の空間の使われ方をリサーチし、未来の設計につなげていく。調査から設計、その後の運用までを考える一連のアプローチが、田野さんの「いまこの瞬間だけではなく、建築は残っていくもの」という考え方を築いている。
PROFILE
田野耕平[たの・こうへい]
一級建築士。1979年、東京都生まれ。2002年、東京理科大学理工学部建築学科卒業。2005年、前橋工科大学大学院博士前期課程修了。空間研究所、日本女子大学学術研究員を経て、2012年にタノデザインラボを設立。2016〜2020年に神奈川大学助手・助教。2017年に「TDLアーキテクツ」に改称。http://t-d-lab.com/archi/
取材・文:佐藤恵美
写真:加藤甫(*をのぞく)
その他泰生ポーチについてはこちらから