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街の未来を考える、クリエイターたちの拠点紹介
vol.3(トキワビル/シンコービル・弘明寺編)

イラスト(トキワビル/シンコービル):イシマル建築設計室 石丸由美子

私たちは不動産事業をとおして、コミュニティを育むまちづくりを目指しています。関内エリアに4棟、弘明寺エリアに3棟のビルを所有し、入居アーティスト/クリエイターとともにさまざまな活動に取り組んできました。本シリーズでは、私たちのビジョンや各拠点の特徴をお伝えしていきます。

アーティストのレジデンスとしても活用。建築家が多く入居するトキワビル/シンコービル

L字型のトキワビルと、隣に建つ増築棟のシンコービル。泰生ビル・泰生ポーチの活況に、アーティスト・クリエイターの誘致に手ごたえを得て2016年に取得し、再生に乗り出した拠点だ。「Next STEP」をスローガンに掲げ、4~5人が使える広さの部屋からスモールオフィスまで、さまざまな間取りがある。
 

実績あるクリエイターから独立したてのクリエイターまで、次の一歩を踏み出すサポートを目指すトキワビル/シンコービル。住居スペースだった部屋をリノベーションしてクリエイターに貸し出しているため、シャワー付きの部屋もあり、アーティストなどのレジデンスとしても活用できるのはほかの拠点にはない魅力のひとつだ。

2018年オープンのトキワビル/シンコービル。4階建て、計57部屋(2018年撮影)photo:加藤甫

台所やトイレなどの水回りが充実しているトキワビル/シンコービルは、長時間滞在できるアトリエや事務所を必要とするアーティストやクリエイターからの人気が高い。
また建築家の入居がとりわけ多いのが特徴で、建築に携わる事務所は2021年5月現在、7室も入居している。

古材を活かしたセルフリノベーションが話題を集めた「ときにわオフィス(安田博道・石丸由美子・干場弓子)」(2018年撮影)photo:中川達彦
壁を取っ払い、2部屋分のスペースにところせましと並ぶ資料や書籍の棚。建築の設計から都市計画、コンサルティングなどを手がける「櫻井計画工房」「悦計画室」の部屋(2018年撮影)photo:中川達彦

また建築以外の分野としては、アーティストはもちろん、グラフィックデザインやインテリアデザイン、編集、カメラマン、映像クリエイターなど、幅広い分野のクリエイターが入居している。
 

さらにシンコービル1階には、プロデューサー、ディレクターとしてさまざまなイベントを手がけてきた内藤正雄さんが経営するバー「tenjishitsu:Tür aus Holz 常盤町」がある。バーの営業は水曜〜土曜の17:00〜23:00。横浜の地野菜の販売や、展示、各種イベントなども積極的に行われており、地域にも開かれた場所になっている。
かつてクラブだったという場の雰囲気を活かした店内の趣を味わいに、ぜひ足を運んでみてほしい。

「tenjishitsu:Tür aus Holz 常盤町」。10人ほどが座れるカウンターと2つのテーブル席がある。photo:福島健士

アーティスト・クリエイターによる自治が盛ん。有志による屋上菜園も

トキワビル/シンコービルと言えば、入居者が声をかけ合って開催している「自治会」の存在が面白い。現在はコロナ禍で開催頻度や、出席する人の数は減ってはいるものの、密を避けられる屋上で開催したり、換気やソーシャルディスタンスに注意したりしながら集まっている。自治会は毎月1回、トキワの日(18日)に設定されており、「このビルでやりたいこと」が話し合われている。
これまでも「関内外オープン」のようなパブリックなイベントから、屋上菜園、クリスマスのイベント企画まで、さまざまなプログラムがこの会のなかから実現に至ってきた。

自治会の様子。関内外オープンの企画について話し合う入居者たち(2019年撮影)photo:中川達彦

もともとトキワビル/シンコービルの入居者には、同じくアーティストやクリエイターの集合ビルとして運営されていた「宇徳ビル」のクローズをきっかけに、移転してきた人たちが多い。そのためベースとなるコミュニティがはじめからあり、飲み会の延長のようなご近所づきあいが自然発生的に生まれているのだ。
自治会から実現したいくつかのプロジェクトをご紹介しよう。
 

●ドアを塗るプロジェクト
ドアの劣化が気になるから、好きな色に塗りたいという声が自治会のなかで出はじめる。それを受け分科会として「ドア班」ができ、実現に向けて動き出した。各入居者の好きな色でばらばらに塗るのか、カラーバリエーションを決めて選んでもらうかなど議論を重ねた結果、カラーバリエーションから選んで決めることに。アーティスト・クリエイターの部屋だけでなく、既存住民の部屋のドアも塗り替えた。2019年の「関内外OPEN!10」で、入居者を自室のドアの前で撮影した中川達彦さんのポートレートプロジェクトとともにお披露目に。

関内外OPEN!10でお披露目された新しくなったドア(2019年撮影)photo:中川達彦

●屋上農業分科会
自治会では「屋上菜園をしたい」という意見が多くあり、分科会を立ち上げて有志が活動している。トキワビルの屋上にプランターを設置し、何種類もの野菜やハーブを育てている。苗や種の買い出しや、植え付けなどの活動は不定期で、分科会以外の入居者にも随時参加を呼びかけるスタイルだ。
自治会でも採れた野菜を料理に使って持ち寄ったり、ハーブティーが振る舞われたりすることもあり、プチ自給自足的な関内ライフが楽しめる。

農業班の活動の一コマ(2019年撮影)photo:中川達彦

●常盤ノブ/トキワ町アジール
「関内外OPEN!10」(2018年)では「常盤ノブ」、続く11(2019年)では「トキワ町アジール」と題したプログラムを立ち上げた。いずれも日常的に集まっているトキワビル/シンコービルのコミュニティだからこそ実現できた企画だ。詳細は過去記事をご一読いただきたい。

「常盤ノブ」では巨大なバルーンを入居者が協働してつくり、ビルの内外に侵食させ、ダンサーによるパフォーマンスとコラボレーションした(2018年撮影)photo:中川達彦
「トキワ町アジール」ではツアーや、入居者のドアポートレートや活動紹介スライドを上映する拠点をつくり、ふだんの活動を開いた(2019年撮影)photo:中川達彦

[過去記事]
・座談会:「常盤ノブ」が可視化したものとは? クリエイター発の新しい“祭り”(前編・後編)
http://taiyusha.co.jp/wp2023/magazine/477/
http://taiyusha.co.jp/wp2023/magazine/478/
・トキワビル/シンコービル 常盤ノブから「トキワ町アジール」へ――小さなコミュニティの自治
http://taiyusha.co.jp/wp2023/magazine/964/

本社を構える弘明寺。“まちの大家さん”として歴史とともに歩む

イラスト:アキナイガーデン 神永侑子

当社は弘明寺に3つのビルを所有している。本社を構える「GM2ビル」。多拠点型シェアハウスとして2018年にオープンした「水谷基地」、小商いのできる空間として2019年にオープンした「アキナイガーデン」がある「水谷ビル」。そして主に住居として使われている「GMビル」である。
なぜ私たちは、弘明寺を拠点としてオーナー業を展開することになったのか。その歴史を振り返ってみよう。
 

今からさかのぼること約100年。初代・水谷欽一は、当時、露店や闇市が多く開かれていた現在の「弘明寺エリア」に注目した。
かつて船の輸送業で得たという水谷家の財を元手に、昭和初期から弘明寺エリアの土地購入に乗り出す。一方で関内エリアの土地購入も、昭和30年ごろから着手していた。

昭和初期の弘明寺

その後、弘明寺観音の門前町として栄えた弘明寺商店街。現在は平日・土日問わず多くの人が行き交う、活気のあるアーケード商店街だが、アーケードが設けられたのは戦後のことだった(現在のアーケードは老朽化のため2001年に新設されたもの)。

商店街にアーケードができてからの弘明寺

その後は「水谷ビル」、「GMビル」を建設。一方、本社を擁する「GM2ビル」は、弘明寺商店街の意向もあり、また弘明寺の歴史とともに歩んできた“まちの大家”さんとしての思いがあったため、購入に至ったものだ。

泰有社の本社オフィス(GM2ビル内)
泰有社の本社オフィス、打合せスペース(GM2ビル内)

シェアハウス型住居「水谷基地」と、小商いのレンタルスペース「アキナイガーデン」

弘明寺商店街と大岡川が交わる角地にある「水谷ビル」。ここには2018年、2019年と立て続けにオープンした2つの拠点がある。
“多拠点型の居住”をテーマに若手建築家らが入居するシェアハウス「水谷基地」と、「アキナイガーデン」だ。「アキナイガーデン」は、商い暮らしをテーマに、小商いスペースとして場所を貸し出すシェア店舗。
 

いずれもここ弘明寺から、新しいライフスタイルを発信する拠点であり、人々の生活の場と密着した私たちの本拠地・弘明寺ならではのスペースである。

水谷ビル1階「アキナイガーデン」。

私たちはこのように、関内と弘明寺、それぞれのエリアでまちや人との関係性を築いてきた。3回のシリーズでは、そのビジョンや各拠点の特徴をお伝えした。
ここでは取り上げきれていない人たちや活動が、複数の拠点にたくさん詰まっている。

文:及位友美(voids)

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