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泰生ポーチ
旅するコンフィチュール
真向かいのビルに移転し、新たなスタートへ

2020年秋、季節のジャムと焼き菓子の店「旅するコンフィチュール」が、横浜・関内の泰生ポーチに移転オープンした。真向かいの泰生ビルで工房をスタートしてから7年。改めて「旅するコンフィチュール」の違克美(ちがい・かつみ)さんに、お店のはじまりと軌跡を伺った。

仕入れ先にこだわった季節の果物や野菜をふんだんに使用したコンフィチュール。添加物を使わず、素材の色や香りを生かしている

食材が、関内を経由して旅をする

イチジクと白ワインのジャム、スモモのフルーツバター、金柑とジャスミンティーのマーマレード。白い壁の店内には、瓶詰めされた色とりどりのコンフィチュールが宝石のように並ぶ。「コンフィチュール」とはフランスのジャム。子どもの頃から甘いものが大好きで、世界中のジャムやコンフィチュールを食べ歩いてきた違克美さんが、素材にこだわり一つひとつ丁寧につくる。「旅する」にはさまざまな意味がこめられている。
 

「これまで海外で暮らす機会が多く、滞在する先々で大好きなジャムを食べていました。その経験を友人に話していたら『ジャムも旅しているね』と。そこから『旅する』を、お店のキャッチコピーにしようと思いました。各地の生産者さんから食材がうちにやってきて、コンフィチュールになり、お客様のところへ旅をする。その意味でも『旅』がキーワードになっています」

店舗や自社サイトで販売するほか、オンラインショップや国内各地に卸している。2019年には、グレープフルーツでつくったマーマレードが「ダルメイン世界マーマレードアワード」で金賞を受賞した。

フランス菓子やコンフィチュールを求め、フランス全土を旅したことが「旅するコンフィチュール」の名前の由来のひとつにもなっている

コロナ禍から、新店舗オープンへ

2013年、「旅するコンフィチュール」は向かいにある泰生ビルの4階に店舗とキッチンを構えた工房としてスタートした。それから約7年。違さんのコンフィチュールは順調に旅を続けて来たが、今年の春は卸先の商業施設が軒並み休業。緊急事態宣言があけて各地の営業は再開したが、すぐに元の売り上げには戻らなかった。
 

「外部の売り上げに頼っていたらつぶれてしまう。自社での販売に力をいれなくては」。そう考えた違さんは自社サイトの通販に力を入れていく。これまで一部屋で店舗、製造、配送のすべての機能を集約していたが、配送専門の部屋を新たに探すため、泰有社に相談。すると、ちょうど泰生ポーチの2階に小さな部屋があいた。

「新しい物件を借りることになったんです」と横浜の知人に話すと、「確かにショップは泰生ポーチのほうが向いていますね」と言われ「そうか! 店舗にすればいいのか」と気づいた。

「この部屋を店舗にするという発想は全くなかったんです。確かにアクセスを考えると、それまでの店舗は4階でしたし、階段を上がってすぐのいまの場所の方がいい。誤解から生まれた一言でしたが、それをきっかけに店舗にしようと切り替えました」

違克美さん

情熱のコンフィチュールが生まれるまで

こうして新店舗オープンに至る。そもそも違さんはなぜ関内でジャム専門店を始めたのだろうか。10年以上前のこと、リフォーム会社でパートとして働いていた違さんは、やがて好きだった食の仕事を兼任するようになる。その仕事が、横浜・南太田にある男女参画共同センター内に、就労支援事業の一環でオープンしたカフェだった。職員は違さん一人。メニューの企画から調理、店舗の運営、スタッフ育成などすべてを担当した。

「私はキャリアもなく、横浜は地元ではないから知り合いもほとんどいませんでした。だからこそいろいろな人に頼りながら、生産者やシェフを紹介してもらい、食材を仕入れたりレシピを教わったり。週に3日はカフェで、週に3日はリフォーム会社と、無我夢中で働きました。そんな生活を続けていたあるとき、二足のわらじは厳しいからどちらかに絞ろうと決めて、カフェ1本にしたのです」

泰生ポーチの2階から

そして、空いた時間にフリーランスで仕事を始めた。イベントで料理をつくったり、食の講座の事務局をしたり、と食にまつわるあらゆる仕事をした。転機になったのは、2013年に横浜港大さん橋で行われたイベントでの出店だった。初めて一人で出店したが、さまざまな条件を考慮し得意だったコンフィチュールをつくって販売。評判が良く、イベント後も別の食堂でキッチンを借りて販売を続けた。あるときその食堂のオーナーに「自分のブランドを持ってもいいのではないか」と言われ、一念発起してキッチンを借りることを決意。自分でリノベーションができる泰生ビルのことは以前から知っていて、知り合いもいた。
 

「泰有社のオーナーを紹介してもらい、事情を話すと『おもしろそうですね。ぜひやってください』と言ってくれたんです。まだ事業も始めていないし実績もないのに、本当に寛大だなと思います」

そうして物件を借りて工事をスタートしたのが2013年の夏。そのわずか2〜3カ月後の10月には「旅するコンフィチュール」がオープンした。イベント出店からわずか半年ほど。怒涛の展開だった。

クリスマスまで限定販売の「ノエル」はイチジクとカシスとクルミのコンフィチュール。毎年人気の商品

人の心を動かすものをつくりたい

「深く考えていたらできなかったですね」と違さんは振り返る。「その場でいき詰まったら『困った。なんとかしなくちゃ』でここまでやってきました。課題にぶつかるたびに、たくさんの人に助けてもらって。経験値やキャリアがないぶん、誰かに頼らなければならない。でもここにいると、知り合いが知り合いを呼んでくれる。新店舗が実現できたのも、泰有社をはじめここでのつながりが大きく影響しています」
 

新しい店舗の内装設計は、ロゴをはじめ『旅するコンフィチュール』のアートディレクションを2013年当初から担当するデザイナーの天野和俊さんと、建築家の加藤直樹さんが手がけた。二人とも横浜を拠点に活動するが、天野さんが加藤さんを紹介し、店舗の照明に悩んでいたら泰生ポーチの同階に入居する照明デザイナーの久保隆文さんがアドバイスをくれた。
 

最後に違さんは「この場所で、これからも人の心を動かすものをつくっていきたい」と話した。「最初のお店をオープンしたときに、知り合いのシェフに『技術に不安があるので、いまから料理学校に通おうと思うんです』というと『料理は技術だけではない。人の心を動かすものがつくれるんだからそのままでいいじゃないか』と。いまもその言葉を支えにやっています」

旅するコンフィチュール
営業時間:火水金土 12:00-18:00/木 12:00-19:00
定休日:日月祝
オンラインストア:http://shop.tabisuru-conf.jp

profile
違克美[ちがい・かつみ]
2003年、ル・コルドンブルーにて製菓ディプロム取得。5年半のアメリカ生活、パリやベルギー滞在時に食に関する知識と経験を深める。その後、パティスリーやショコラショップ勤務を経て、2010年にカフェの立ち上げに関わり、メニュー企画、店舗運営マネジメント、スタッフ育成、現場での調理、接客と店の運営を経験。2013年、築50年のビルの一室を業務用キッチンにコンバージョンし、季節のジャムと焼き菓子「旅するコンフィチュール」をスタート。2019年ダルメイン世界マーマレードアワード最高金賞受賞。横浜の地産地消に取り組む『はまふぅどコンシェルジュ』『濱の料理人』のメンバーでもある。

取材・文:佐藤恵美
写真:加藤甫

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