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GM2ビル
弘明寺から発信するアート
小泉明郎さん、渡辺篤さん(弘明寺特集vol.1)

当社は関内のほか、弘明寺にも3棟のビルを所有しています。本社が入るGM2ビルと、新しいライフスタイルを発信する水谷ビル、そして主に住居として使われているGMビル。これらの拠点から、アートやカルチャーの新たな風を吹き込んでいきます。弘明寺特集では、そんな現在進行系の取り組みをシリーズでご紹介。vol.1は、GM2ビルにアトリエを構えるアーティストの小泉明郎(こいずみ・めいろう)さん、渡辺篤(わたなべ・あつし)さんへのインタビューです。

弘明寺から伸びる商店街の入り口に面し、昭和38年に「スーパー長崎屋」として建てられたGM2ビル。泰有社本社のほか多くのテナントが入るが、踊り場部分の空間は長らく空いた状態になっていた。ここで今年6月頃からアトリエ利用を始めたのが、現代美術の分野で活躍する小泉明郎さんと渡辺篤さんだ。アーティストにとって、「広い面積」、そして「自分なりにカスタマイズできる」空間は大事なもの。前半は、お2人に空間の使い方や弘明寺のまちについて聞いた。

この時代に出会うべき“他者”と協働する[渡辺篤さん/アートスタジオ アイムヒア]

渡辺篤さん

一度バラバラに砕いてから金継ぎされた言葉や、閉鎖空間に穿たれた穴。自身も過去に深刻なひきこもり当事者としての経験を持ち、こうした「心の傷」を作品化してきたのが渡辺篤さんだ。
 

渡辺さんは今年3月まで、東横線の廃線跡を活用した「R16 studio」を利用していた。しかし耐震強度に問題があり、急遽スタジオが解散、退去することに。人づてにGM2ビルの話を聞き、同スタジオで開催していた展覧会「同じ月を見た日」(2月28日〜3月21日)の終了後に荷物を運びこみ、6月末から本格的に新アトリエとして始動した。

GM2ビル2階、渡辺さんの「アートスタジオ アイムヒア」

むき出しのコンクリートが印象的な開放感あるアトリエには、資材や渡辺さんの過去作品が並ぶ。なかでも目を引くのが、たくさんの月の写真からなる屏風状の作品。これは、渡辺さんがコロナ禍でスタートしたプロジェクト「同じ月を見た日」の一環として制作したものだ。
 

「コロナ禍でオンラインによる遠隔交流の需要は高まりましたが、同時に孤立感を感じる人が増えたのも事実です。僕自身もひきこもりの経験があるので、コロナ禍で外に出られなかったとき、昔の自分や同じ境遇にある人たちのことを考え始めました。普段はなかなか接点がないですが、社会にはひきこもりや心身の障害によって、他者と対面することの不可能性の高い人も多くいます。そうした人たちも、きっとそれぞれの場所から月を見ている。あらためて“他者”の存在を想像する媒介として、月というモチーフを選びました」

作品の一部は、アシスタントともにこのスタジオで制作した

作品のなかの写真は、渡辺さんが無償提供したスマホ用の小型望遠鏡を用いて、約50人のプロジェクトメンバーが撮影したものが中心となる。「ほとんどが表現のプロでない人なので、まずは機材の使い方を共有するところからコミュニケーションが始まりました。メンバーとは継続的にオンライン交流会も行い、それぞれの事情を持ち寄って対話する機会をつくってきました」。
 

さまざまな人の心の傷に寄り添いながら作品を生み出す渡辺さんには、新たな構想がある。「コロナ禍は世界中の人々がひきこもり化した社会と言っても過言ではありませんでした。そして、この後訪れるアフターコロナには、社会にスキンシップが再開されるときがきます。場合によってはそのときこそ、一部の人々にとっての孤立がより深まる構造になるのかもしれません。そう考えて、全国どこへでも募集に応えてくれたひきこもりの人に会いに行き、協働するプロジェクトを行う予定です」。アフターコロナの明るい側面だけでなく、取り残されてしまう可能性のある存在に、渡辺さんは目を向けている。

スタジオには過去作品も並ぶ。左側の写真は、2014年の個展「止まった部屋 動き出した家」の様子。1週間コンクリートの家形の造形物に密閉され、内側から壊して脱出するパフォーマンスを行った

また、フロアの半分をホワイトキューブ化する計画もある。アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)の助成を受け、今年秋から施工をスタートする予定だ。「ギャラリーというよりは、オルタナティブスペースにできればと考えています。僕も含め、泰有社物件に入居するクリエイターの発表にも活用できる場所になれば」と渡辺さん。まちの人も参加するワークショップなども想定し、来年度には本格的にオープンする。かつてにぎわいをみせた元スーパーだったこの場所に、アートを通じた新たな人のつながりが戻ってきそうだ。

場所を新たに、コロナとともにある制作を考える[小泉明郎さん]

小泉明郎さん

小泉明郎さんは、映像など複数のメディアを用いて、国家や共同体と個人の関係、人間の身体と感情の関係を探求してきた。「第12回上海ビエンナーレ」「あいちトリエンナーレ2019」などの国際展に参加し、近年はVRを用いた作品などを手がけている。
 

小泉さんのアトリエは、渡辺さんのひとつ上の階にある。6月中旬に入居したばかりで、改修は途中段階。天井や床には、まだ当時の面影が残っている。

3階、小泉さんのアトリエは改装中。床には当時のタイルが貼られたままだ

「ここ8年ほど、戸塚に小さなスタジオを構えていました。とても狭かったので限界を感じ、3年くらい前から県内に場所を探していたんです。横浜や藤沢、鎌倉などは相場が決まっていて、アーティストが活動していくのには難しい場所でした」と小泉さん。よい場所が見つからないとSNSで発信すると、すでに入居していた渡辺さんが泰有社を紹介してくれた。「アトリエで一番大事なのは自由に使えることです。色々な制約があると、表現の幅が狭まってしまいます。泰有社は表現活動に理解があり、面白がってくれるので、理想のスペースだと思いますね」。

アトリエでは、映像作品のエディションなども制作しているという

これまで多くの人と協働しながら制作を行ってきた小泉さんだが、コロナ禍で活動に大きな制限を受けたという。「以前と同じようにはできないけれど、作品はつくらなければならない。ここ20年で一番苦しんだと思います。人と関係性をつくりながらの制作は、オンラインでは不可能です。一方で、人と会えずに家に閉じこもるしかない時間を知っているアーティストがいるということにも気づかされました。例えば渡辺さんも、そういう時間の過ごし方、表現の仕方を知っている。自分はこれまで人と会うことが当然という前提でやってきましたが、その限界も思い知らされました」。
 

また小泉さんは、VRを用いた作品も複数手がけてきた。2019年に制作した《縛られたプロメテウス》は、今年の「文化庁メディア芸術祭」で第24回アート部門の大賞を受賞。「渡辺さんが月だとすれば、僕はデジタルを介して人と人の関係をつくってみたいと思っています。VRは脳をだましているだけで、そこに見えるものは何も存在しないんですよね。そういったメディアがどんな可能性を持っているのか、あるいは持っていないのかを考えていきたいです」。

アトリエでは、映像制作のほか、絵を描いたり立体をつくったりと色々な用途に使っているという小泉さん。「1人でこもるタイプの場所ではないと思うので、交流が行われるように開いていきたいと考えています」と語る。今後は、勉強会や限定的な発表の場として、少しずつオープンにしていく予定だ。

対談:まちの余白が生みだすもの

以前から知り合いだったという渡辺さんと小泉さん。ときどきアトリエで顔を合わせることもあるという2人は、弘明寺というまちをどのように見ているのだろうか? 後半では、弘明寺から発信するアートの可能性について対談していただいた。

──はじめに、弘明寺にはどのような印象を持たれたか、お聞きしたいと思います。
 

渡辺 僕は弘明寺の隣町が地元なので、たまに母が差し入れを持ってきてくれたりします。母はここがまだ長崎屋だったときに小・中学生で、買い物に来ていたそうです。ここの広い階段を登ってくるのが、とても懐かしいと言っていました。
 

小泉 それはすごいですね。僕も最近ここに来た方から、昔学校の帰り道にここでクレープを買って食べていたと聞きました。当時はお洒落なデパートだったのかもしれません。
 

渡辺 それに比べるといまの商店街には、八百屋さんとかお惣菜屋さんとか、お手頃なお店が多くなっていますね。
 

小泉 僕がいいなと思ったのは、大岡川のところの橋です。夏は涼しいし、みんなあそこでお酒を飲んでるじゃないですか。まちは本来そうあるべきだと思います。いまは人が集まっていると警察が来たり、張り紙をして入れないようにしてしまったり、自由な空間がどんどん減っていますよね。
 

渡辺 コロナ禍で居場所を求める年配の方も多く集まっている気がします。ずっと長くまちに根づいている人が多いからこそ、関係性ができているのかもしれませんね。

──弘明寺とアートという組み合わせは、どう思われますか?
 

渡辺 ミスマッチですよね(笑)。でも京急線沿いの黄金町や日ノ出町にはアーティストのコミュニティがあって、たまに弘明寺でもプロジェクトがあるのを見てはいたので、すでにその素地はあった気がします。
 

小泉 このギャップがいいですよね。とても庶民的な場所に、いきなり現代美術のようなものが入ってくる。外から来る人にとってはすごく面白いと思います。僕ができることは、そのギャップをつくりだすことなのかなと。
 

 昔からニューヨークやベルリンでは、倉庫など誰も使っていない場所に芸術家が移り住んで制作するケースが多いんです。寂れた景色とアートのギャップというのがだんだんかっこよく見えてきて、まずアーティストが住み始め、やがてギャラリーが参入する。次にカフェとかハイブランドがどんどん入ってきて、ジェントリフィケーションのようなことが起きます。するとアーティストはそこで暮らしていけなくなるので、また次の場所を探して……ということが繰り返されるんですね。それにはマイナスな面もありますが、とにかく、弘明寺で妥協しないものを発表することで、まちに何か新しい変化を起こすことができるのではないかと考えています。

渡辺 その通りですね。僕も、場所を開いていくことがここでの自分の役割だと思います。結果的にお金の価値につながるかもしれないけれど、すぐには直結しないものもまちにとっては大切ですよね。
 

なかなかアーティストが自由に使える空間というのは少ないですよね。最近は発表したり集まったりできるオルタナティブ・スペースなども多いですが、みなさん“制作場所”の確保には苦労されていると思います。
 

渡辺 僕は「R16 studio」に3年ほどいて、広い空間だったので、やっぱり作品のサイズも大きくなりました。例えば美術館で展示できる機会をもらったとしても、作品が小さければ世界観も小さくなってしまうので、広い空間というのはアーティストに不可欠なものだと思います。
 

小泉 いまは空き家も多く、色々なところでそれを活用する動きが出ていると思うので、あとはアーティストとマッチできるような制度があれば一番いいですね。昔と違って、いまの日本はヨーロッパやアメリカで暮らすよりとても安く済むと思います。地方に行けば50万円くらいで家が買えたり、外食も安かったり。生活のベースは日本に置きつつ、作品は海外で発表するというようなスタイルのアーティストも増えてくるかもしれません。

10月10日には、渡辺さんのアトリエでダンスグループ「新人Hソケリッサ!」による公演を開催。屋上ではダンス作品の上演や、シンガーソングライター・寺尾紗穂さんによるライブが行われた

──これからの弘明寺での活動の予定、やってみたいことなどはありますか?
 

小泉 直近では、10月16日(土)・17日(日)に2人でオープンスタジオをする予定です。
 

渡辺 僕は、アーティストの生活や経済状況、労働環境、現場のハラスメント問題などにも関心を持っています。今後は、このスペースでアーティストの抱えている課題を共有し改善する仕組みををつくろうという案も出ています。コロナ禍の収束に向けて、僕たちも少しずつ対外的な活動を増やしていきたいですね。
 

小泉 ここでこんなこともできるんだ、日本でも案外自由に活動できるんだ、という夢を与えられる場所にできたらいいですね。まちの余白というか、とにかく自由にできるスペースというのは重要なので、これからが楽しみです。

PROFILE
渡辺篤[わたなべ・あつし]
現代美術家。東京藝術大学在学中から、既存の社会からはタブーや穢れとして扱われかねない要素を持ったテーマやそれらにまつわる状況を批評的に取り扱ってきた。 近年は、自身も元当事者でもある「ひきこもり」にまつわる課題をテーマに、当事者や、コロナ禍に孤立感を抱く人々と共にプロジェクトを実施。主な個展及びプロジェクト展は「同じ月を見た日」(R16 studio、神奈川、2021年)、「修復のモニュメント」(BankART SILK、神奈川、2020年)、「ATSUSHI WATANABE」(大和日英基金、イギリス、2019年)など。 主なグループ展は「TURNフェス6」(東京都美術館、東京、2021年)、「Looking for Another Family」(国立現代美術館、韓国、2020年)など。 主な受賞・助成は、2020年度「横浜文化賞 文化・芸術奨励賞」、2021年度「ソーシャリー・エンゲイジド・アート支援助成」(一般財団法人 川村文化芸術振興財団)、2018~2020年度「クリエイティブ・インクルージョン活動助成」(アーツコミッション・ヨコハマ)など。 「ハートネットTV」(NHK Eテレ)など多数のメディア出演や講演・執筆も行ってきた。現在、武蔵野美術大学非常勤講師。 https://www.atsushi-watanabe.jp/
 

小泉明郎[こいずみ・めいろう]
1976年群馬県生まれ。横浜市在住。チェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザイン(ロンドン)にて映像表現を学ぶ。現在は国内外で滞在制作し映像、VR、パフォーマンスによる作品を発表している。主な個展に「バトルランズ」(ミネアポリス・インスティテュート・オブ・ファイン・アーツ、2019年)、「バトルランズ」(ペレズ・ミュージアム・マイアミ、2019年)、「捕われた声は静寂の夢を見る」(アーツ前橋、2015年)、「Project Series 99: Meiro Koizumi」(ニューヨーク近代美術館、2013年)など。主なグループ展に「あいちトリエンナーレ2019」、「シャルジャ・ビエンナーレ」(2019年)、「上海ビエンナーレ」(2018年)など。2021年に「Artes Mundi Prize」(英国) 、「文化庁メディア芸術祭アート部門大賞」を受賞。https://www.meirokoizumi.com/

取材・文:白尾芽(voids)
写真:大野隆介

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