部屋のなかで仕事が生まれる関係
泰有社の拠点を含め、横浜には建築設計事務所が数多くある。トキワビルに入居する原﨑寛明さん、星野千絵さん、村上翔さん、北林さなえさんも、現在建築設計や構造に関わる3組で一室をシェアしている。
3組を結びつけたのは、横浜国立大学の卒業後から横浜を拠点に活動してきた原﨑さんだ。原﨑さんは2013年、建築家の永田賢一郎さんとのユニットとしてハンマーヘッドスタジオにスペースを借りていた。しかし翌年にはスタジオ解体のため、スタジオで出会ったアーティストなどさまざまな分野のメンバーとともに新たな場所を探すことに。そこで黄金町の元ストリップ劇場に出会い、自分たちでリノベーションを施したスタジオ「旧劇場」をつくり上げた。2018年には契約満了に伴って解散となり、旧劇場メンバーの北林さんとともに、オンデザイン設計による改修後の202号室に入居した。
星野さんは2016年に独立し、その後202号室にジョイン。大学卒業後は2つの事務所で住宅を多く担当し、独立後は住宅、オフィス、店舗の内装や改修を手がけている。昨年は原﨑さんとともに、建築設計とデザインの事務所としてCHAを立ち上げた。いっぽう、建物の耐震性能や強度を計算しながら建築家とともにデザインする構造家の村上さんは、2020年に独立するタイミングで入居した。
横浜の“界隈性”
関内周辺のクリエイターの活動を紹介する「関内外OPEN!」では、2021年からパビリオンの構造設計を村上さんが担当している。「テンポラリーなイベントでは、単管や木などの素材が使われますが、毎年行われるものなので、一回きりの使用ではもったいないと考えました。そこで比較的長く使うことができ、組み方を自由に変えられる農業用の樹脂製パイプを選びました」。2021年の「関内外OPEN!13」では敷地を4つの回廊で区切るように空間をつくり、昨年2022年の「関内外OPEN!14」はハの字型に組んで、キービジュアルに呼応するように青と黄色の屋根をかけた。また原﨑さんは「関内の建築家とめぐる建築ツアー」をアテンド。泰有社拠点のほか、自身が設計に関わったmass×mass関内フューチャーセンター、G Innovation Hub YOKOHAMA、バランスフラワーショップなどを回った。
以前より横浜に建築家が集まる背景に、市が若手中堅の建築家に公共施設などの設計を積極的に発注してきたことがあるのではないかと語る原﨑さん。「横浜ではイベントも盛んだし、プロジェクトベースでさまざまなクリエイターと協働することが多いです。直接知り合いではなくても顔が見えている関係がある。住民会などで『こんなコラボが生まれたよ』っていう話を聞くのが楽しいですね。それぞれの得意分野によってパスを出しあうのは、東京など大きなフィールドではなかなかできないことだと思います」。
昨年冬には、イルミネーションイベント「ヨルノヨ」の一環として、CHAと村上さん、そして泰生ポーチに入居していた照明設計事務所「Mantle Inc.」の久保隆文さんが、日本大通りで光のオブジェ「ほしのみち」を制作した。「大学では、製図室で同級生と一緒に設計課題をすすめていましたが、横浜で仕事をしていると、当時と近い関係性を感じます。困っているときに相談できる人がたくさんいるし、今回はじめて久保さんとご一緒できたのも、お互いに顔やこれまでの仕事が見えている関係性があったから」と原﨑さん。村上さんも「抽象的な相談でも自分の特徴を乗せて応答できる、インディペンデント性の高い人が多く集まっていると思います。構造事務所はアクセスの良い都内に集中していますが、横浜ではその場所にいることで色々なことが生まれてくる可能性を感じています」と語る。
対話から生まれるかたち
横浜の“界隈性”から生まれたもうひとつの仕事が、横浜赤レンガ倉庫のリニューアルに伴って昨年オープンしたチョコレートショップ「ショコラミーツ」だ。大倉山に工房をもつ横浜発ビーン・トゥ・バーブランドの店舗として、CHAが店舗設計を担当した。「保存対象になっている既存のレンガ壁部分・鉄骨部分を活かして、チョコレートとも相性のよい色合いでつくっていきました」。施工を担当したのは、同じく関内に拠点を置く株式会社ルーヴィス。発注者・設計・施工が横浜のコミュニティで完結した。
またCHAとしては、泰生ビル1階でトビラ株式会社が運営するカフェ&バー「I’m home」の空間づくりにも関わった。最近はバーテンダーでもある店長・伊藤さんの要望にあわせて、たくさんのお酒を置ける吊戸棚をCHAがデザインした。重量のある瓶を支えるため、村上さんに相談して鉄骨でつくることに。「建築のように大規模ではない家具的なものについて、構造家に相談することは通常なかなかできません。村上くんと話していると、結局強度ではなくデザインの話になるんです。構造設計もデザインワークだという共通認識があるのが重要だと思っています」。村上さんも、「どんなに小さなものでも構造はあり、数値的に検証できるので楽しんでやっています。構造は強度的に安全か危険かだけでなく、さまざまな文脈に接続できるはず。構造家はお硬いイメージがありますが、そこをまず脱構築したい」と笑う。
そんな村上さんのデザイン的な考え方は、ほかの仕事にも表れている。施主が組合を結成して共同で建設を行うコーポラティブハウスを担当したときには、構造面からいかに建物に統一感を生み出せるかを考えた。結果的には、外壁に帯状の腰壁を入れることで開口部のばらつきを抑え、外の階段も視認性の邪魔にならず透け感のあるデザインにした。「複雑な条件を整理して統一感を出し、生活に馴染ませることを心がけています。構造はときに生活とバッティングする要素にもなりますが、使われ方と常に対応するデザインを意識していますね」。
コミュニティを外にひらく
地域や生活との接続がポイントになる建築の仕事。ここまで横浜を中心とした活動を聞いてきたが、原﨑さんと星野さんは、住まいのある武蔵新城でも地域に関わる活動を行っている。ふたりは2016年頃、自由に改修可能な賃貸物件を見つけて武蔵新城に転居。これをきっかけに、トビラ株式会社のもうひとつの拠点でもあるブックカフェ「Book Café Stand Shinjo Gekijo」の内装を星野さんが設計したり、自分たちが住まうビルの大規模改修を担当したりと、生活圏内でもさまざまな活動を行っている。「泰有社と同じような活動をされている面白いオーナーさんがいて、例えば休日も都内に出ていくのではなく、近所で過ごせるような場所があればまち全体の価値が上がっていくという考え方で、協働する機会が増えました。飛び込んだ先に、シチューさん(トビラ株式会社の伊早坂さん)も含め、色々な出会いがありました」と原﨑さんは言う。
ふたりの仕事は建築に限らず、「旧劇場」時代のメンバーであり、リサーチを元に美術と建築を横断する制作を行うアーティストの鎌田友介さんの作品に協力することも。《The House》(2018)では、当時の資料から韓国における日本家屋の骨格を再現し、3Dモデリングなどを行った。「建築設計のまわりには協働することを前提としたプロジェクトが多くあります。すべてを抱え込む人もいますが、ここではコミュニティを活かして、ある程度広がりを持ってやっていけると思います」。
CHAの仕事は建築に限らず、「旧劇場」時代のメンバーであり、リサーチを元に美術と建築を横断する制作を行うアーティストの鎌田友介さんの作品に協力することも。《The House》(2018)では、戦時中の日本家屋の骨格を再現し、3Dモデリングなどを行った。「建築設計のまわりには協働することを前提としたプロジェクトが多くあります。すべてを抱え込む人もいますが、ここではコミュニティを活かして、広がりをもってやっていく楽しさを感じています」。
いっぽうで、独立前には都内で勤務していた星野さんは「かつて外側にいた身としては、横浜のコミュニティは入りづらいとも感じる」と言う。村上さんは「自分は運良くここに入ることができて、スタートアップとしては恵まれた環境でした。でも新陳代謝が大事だと思いますし、外側のプレイヤーをもう少し受け入れていきたいですね。トキワビルは空室もあるので、建物の更新・維持管理でも何か貢献できれば」と語った。多様な人が集積し、成熟期を迎えつつある横浜のクリエイティブ・コミュニティ。地域性や場所性を考えつづけてきた彼らの視線から、新たな関内外の可能性もまた見出されていくかもしれない。
原﨑寛明[はらさき・ひろあき]・星野千絵[ほしの・ちえ]
個々の活動を経て2021年にCHAを設立。住宅や商業施設などの建築設計、イベントの会場構成、コンサルティングをはじめ、インテリア、グラフィック、プロダクトのデザインなど、様々なプロジェクトに取り組んでいる。原﨑寛明は1984年、佐賀県生まれ横浜育ち。横浜国立大学で建築を学び、卒業後はオンデザインパートナーズ勤務。アイボリィアーキテクチュア、ハイアーキテクチュアーでの活動を経て、CHAを共同設立。星野千絵は、1986年、東京都葛飾区生まれ。武蔵野美術大学で建築を学び、卒業後は伊藤寛アトリエ、辻昌志建築設計事務所を経て、CHAを共同設立。
村上翔さん[むらかみ・しょう]
横浜で事務所を構え、建築物その他工作物に関する構造設計、現場監理、構造コンサルティング業務や既存建物の耐震診断・改修業務を中心に取り組んでいる。1987年、神奈川県生まれ。横浜国立大学、東京工業大学で建築を学び、卒業後は株式会社構造計画プラス・ワンを経て、2020年SCALA Design Engineersを設立。
*村上さんによるプレゼンテーションがYouTubeで公開されています!
取材・文:白尾芽(voids)
写真:加藤甫(*をのぞく)