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GM2ビル
わたしたちの“個性”はどこにある?
ニューヤンキーノタムロバ「ゼロフェス」レポート(前編)

ニューヤンキーノタムロバとは

昨年4月、弘明寺・GM2ビルにオープンした“クリエイティブ最大化共創型コリビング”の「ニューヤンキーノタムロバ」。暮らしに関わる企画開発プロデュースやまちづくりなど、横浜を拠点に新たな住まい方・働き方の提案を行ってきたYADOKARIがプロデュースを手がけ、設計は水谷ビルに入居するAKINAI GARDEN STUDIO が担当。住人たちとコミュニティビルダーは1年間限定で共に暮らし、それぞれの個性を磨いてきた。

弘明寺観音ほど近くのGM2ビルは、店舗や事務所が入るまちに根ざしたビルでありながら、現代美術家の小泉明郎さん、渡辺篤さんのアトリエとしても利用されるなど、近年クリエイティブの発信地にもなっている。その4階に位置するタムロバは、あたたかい居心地の良さと、修悦体(佐藤修悦さんによるガムテープ書体)で散りばめられた熱いメッセージが混交する不思議な空間だ。タムロバ最初の1年間の集大成として行われたゼロフェスは、12人の住人と1人のコミュニティビルダーによる展示や、トーク、フリマ、そして最終日には住人全員が参加する演劇など盛りだくさんの内容に。「I(あい)とは何か」というテーマの通り、まさに住人たちの「I」があふれた空間となった。

タムロバの“おせっかいなやつ”

今年のタムロバの顔ともいえるのが、コミュニティビルダーのダバンテス・ジャンウィルさん(通称ダバちゃん)。取材日の日曜日にはオープンと同時に、ダバちゃんが住人のひとりである長沼航(ビリー)さんにインタビューを行っていた。ダバちゃんは週末八百屋さんで働きながら、平日は基本的に予定を開けていつでも動けるようにしていたのだとか。ビリーさんは「ヌトミック」「散策者」に所属し、演劇を中心として舞台芸術に関わっている。

“コミュニティビルダー”は明確な定義がない言葉だが、「知らない人同士をつなげるのが好き」というダバちゃんは、タムロバにおける自分の役割を“おせっかいなやつ”だと説明する。人が何を思い、なぜ行動するのかを追求したいという気持ちから、それぞれの住人のやりたいことを引き出すのが大きな仕事だった。「みんな何かを求めてここに来ているんだ、という実感があった。だからそれぞれのやりたいことを一緒に描いていけるように対話を重ねていきました。卒業後すぐというより、2〜3年後に、あのときダバちゃんと話してよかったな、とみんなに思ってもらえるような人になろうと心がけていましたね」。しかし、ときには”嫌われ者”になることも。「毎週の集会とかワークをやる時間には、なんでやらされてるの? という声も聞こえてきた。でもそれは本当に大事なことだったと思っていて。次にコミュニティビルダーになる人も、嫌われる覚悟で人にアプローチしていってほしい」。

「アジト」の展示風景。左にはダバちゃんと住人たちが積み重ねたワークの成果、右にはビリーさんが行った個人インタビューの映像がある

走り出したばかりのタムロバをどう動かしていくかは、試行錯誤の日々だった。住人との関係だけでなく、まちとの関係も当初の課題だったと言う。「僕は生まれも育ちも商店街。よく自分から挨拶して話しかけて、色んなお店でご飯を食べたりしていました。一度組合にポスターを持っていったことがあるけど、しっかり活動について伝えられなかったし、まちとの“良い距離感”をつくるのは難しい」。ダバちゃんはタムロバのウェブサイトで記事も公開している。ビリーさんからの「自分の考えや、タムロバで起きていることを発信することにどんな価値を感じてるの?」という質問には、「僕は一見明るいけど、文章には自分のつらい気持ちをモロに出してきた。だからこそ対話の出発点になるし、書いて発信することには価値というより必然性があると思う」と答えた。

コミュニティビルダーのダバちゃん

最初は「みんなで一丸になろう」というダバちゃんだが、自分自身も疲れてしまったことで、「それぞれがやりたいことに向かった先で一丸になれたらいい」と考えるようになった。その言葉の通り、ゼロフェスの空間は良い意味でまとまりがない。「一緒に住んでるからって仲良くなくていい」というのは、ダバちゃんだけでなくほかの住人からも聞かれた言葉だ。タムロバは、それぞれの暮らしが一瞬重なる場所。話したかったら誰かと話せるし、ひとりにもなれる。そんな肩の力を抜ける時間があるからこそ、それぞれの個性も輝き出すのかもしれない。

階段、エントランスの展示風景

タムロバでの1年間をたどる

会場は、タムロバでの1年間の軌跡をたどるような展示構成に。1階から4階に続く階段には、それぞれが1年間のできごとを思い出して書いたという日記が並ぶ。ドアを開け、住人たちが社会に感じる不満を吐露した言葉が並ぶ廊下を通り抜けると、開放的なリビングダイニングが。その横の秘密基地のようなアジトには、ダバちゃんが住人たちと行ったワークの成果や、それぞれの負の思い出に結びつくモノ、そして個人インタビューの映像などが展示されている。それぞれの自室では作品などの展示が行われ、1年を通した生活の痕跡や、葛藤しながら自分に向き合ってきた過程が垣間見える。

タムロバのプロジェクトマネージャーであり住人の中谷優希さん

「I(あい)」というテーマについて、YADOKARI所属のプロジェクトマネージャーとして企画段階からタムロバに参加し、住人でもあった中谷優希さんはこう語る。「1年間何をしてきたのか、これから何をしたいのか明確にわからないというメンバーも多くて、それには自己理解が必要だと考えました。ゼロフェスをゼロからつくるなかで、まず私という意味のI、そして自分を見つめるeyeや、自分を愛する、個性を認める愛とか、色々な意味が込められています」。「I」への問いかけは住人だけでなく、ゼロフェスを訪れた人にも向けられている。一室は「瞑想部屋」として自由に入ることができ、1年後の自分への手紙を書いて投函することができる。

瞑想部屋

中谷さんは料理人を目指すパートナーと一緒に入居していた。部屋にはキッチンも備え付けられ、さまざまなスパイスが並んでいる。ワークライフバランスや自分のやりたいことなど、人生に悩む1年間だったという中谷さん。日々考えをつづったメモや写真など、葛藤をそのまま自室で展示した。「環境問題にも関心があるのですが、そこにも本気で向き合えているのかなと悩んでいて。仕事を通して“余白”の提供をしたいと思っていたのですが、“余白”のあり方はこのままで良いのかとか、色々考えることがありました」。

中谷さんも1年間悩んできたひとり。「私って何がしたかったんだっけ?」という葛藤をそのまま部屋で展示した
中谷さんの自室での展示風景

住人たちの活動は、写真、山登り、AR、言語研究、3DCGデザイン、料理、美容師、演劇などさまざま。性格や関心が違う人々が集まっているからこそ、“個性”の手前で立ち止まり、自分とは何なのかというアイデンティティ、そして自分はこれからどの方向に進むべきかを探す1年間となったのではないだろうか。(後編では、個性豊かな住人たちの言葉や、展示の様子をお届けします!)

取材・文:白尾芽+中尾江利(voids)
写真:大野隆介