「本当にやりたいこと」を探して
「タムロバは何かを求めてくる人だらけ」。「ニューヤンキーノタムロバ」のコミュニティビルダー、ダバンテス・ジャンウィル(通称ダバちゃん)さんはこう話す。
《人に語らなかった退職動機》を制作した平野知奈さんもそのひとりだ。タムロバの入居者である「ニューヤンキー」13人のうち、11人が前職を辞めている、辞めることが決定している。平野さんも退職を経験し、また今年の3月に仕事を辞めると言う。「私は退職理由をポジティブに語るのが上手なんです。だけど本当は嫌なこともあったはず。自分のウィークポイントを知って自覚した方が強くなれるかなと思って、洗い出しました」。
作品は共有の洗面所とシャワー室にある。洗面台の前に立つと、建前上のポジティブな退職動機が紙にプリントされてぶら下がっている。しかし、鏡に目をやると紙の裏側のネガティブな本音が映り込む。
「保育園で働いています。子どもはかわいいし大好きです。でも一緒に働く人によって1年が本当に変わる。ガチャガチャみたい」。人生を何度もガチャガチャにかけるような働き方に、疑問を抱いたのが制作のきっかけだ。
タムロバの入居者たちにも退職動機を聞き、入場者にも書いてもらった。シャワー室前に並んだそれには、攻撃的な言葉や愚痴もある。それでも「これを力に変えていくのがニューヤンキーのみんなですね」と平野さんは明るい。
「私といえば山みたいなところもあります」と平野さん。保育園で働くかたわら、休日は泊まりがけで趣味の登山を楽しんでいる。登山雑誌の表紙をイメージした展示には、彼女が実際に山登りで使っている道具が並ぶ。保温シート、衛星通信機、浄水器、槍ヶ岳の山頂で焼いた記念のポップコーン──。「一度、山で滑落して右肘を骨折しました。それまでの私は登るのも早くて無敵の気分だった。だけど、今は生き残るための道具も持ち歩いています」。
登山が好きな理由についてはこう話す。「海や山は人間の領域じゃない場所。それなのに人間は遊びたがる。それって愚かで傲慢だけどおもしろい。登山靴やリュックなど、人間の知恵を使って開発したものに守られて遊んでいる。それってアツイなって思います」。これからも安全に登山を楽しむつもりだ。
西尾愛莉さんも、退職してタムロバにやってきた。《注文フルシカト美容室》という展示をおこなった西尾さんは、タムロバの一角に無料の美容室を開店した。
美容専門学校を20歳で卒業し、美容師になった。最初の職場は上下関係に厳しくて馴染めずに辞めた。今はフリーランスの美容師をしながら、妹とともにタムロバで生活している。「美容師は努力をして国家資格まで持っているのに、適正な報酬をもらえていない」と西尾さん。どのようなかたちかはまだはっきりしないが、将来は「誰でもできる」と言われている仕事の価値が見直されるように行動したいと考えている。
研究と夢の集大成
Soriano Laura(ソリアーノ・ローラ)さんは《日本語の進化研究》と題したワークショップを行っていた。入場者は何枚かの写真を見せられる。それを「キッチン」と呼ぶか「台所」と呼ぶか、年齢はいくつであるかなどをシートに記入する。ローラさんは言語学研究や英語教育が専門だ。ゼロフェス開催当時は、修士論文を完成させたばかりだった。日本語の外来語に興味を持ち、その使い方に年齢が関係するのかをワークショップで調べている。「トイレのことを『お手洗い』と呼ぶ人も『便所』『厠』と呼ぶ人もいる。ご高齢でもカタカナ語を使いこなす人もいます。豊かでおもしろいでしょう?」とローラさん。タムロバでは「お母さんのよう」と親しまれ、「ここではみんなウェルカム」と来場者に声をかけていた。
デザイナーの蒲原昇平さんはAR(Augmented Reality=拡張現実)作品を制作した。壁にプリントされたQRコードをスマホなどで読み込むと、動くイラストが現れる。蒲原さんはARの可能性を語る。「お店で読み込めば商品の詳細がすぐ見られるとか、歴史のある場所で過去のことを再現するとか、ARは紙以上の情報を伝えることができる媒体かなと思います」。
Valeriola Julien(ヴァレリオラ・ジュリアン)さんはベルギー出身で去年日本にやって来た。タムロバに入居しながら、アメリカのオンライン学校でアニメーションを学んでいる。《My 3DCG project》はジュリアンさんが一から制作したCGアニメーションの展示。ゲームの中で動くキャラクターのデザインはもちろん、背景や動きまで、すべてひとりで制作した力作だ。3Dゲームアニメーターになって、自分の作品を通して人がつながっていくことが夢だ。
1年間と、これから
長沼航(ビリー)さんはタムロバの入居者と演劇を制作した。部屋に帰ってきてから風呂に入るまでのジェスチャーなど、生活中の行為を入居者が再現するようなパフォーマンスだ。制作にあたっては、入居者にインタビューを行った。「最初はみんな『部屋では何もしていない』と言います。ただ、よく聞くと『この順番でやっている』とか『窓は3センチだけ開けて出る』とか繰り返すポイントがあります。タムロバの日常を拾い集めた演劇にしました」。大学を卒業し、その後の1年間をタムロバで過ごした。そして今年3月でタムロバを卒業する。どうやって生活していくか、不安はつきない。それでも俳優としての活動は続けていく。
「ニューヤンキーノタムロバ」は入居者たちの創造性を最大化するための1年間のシェアハウス。2022年入居の1期生は今年3月で卒業する。そしてまた、新しいチャレンジャーたちがやってくる。
取材・文:白尾芽+中尾江利(voids)
写真(*をのぞく):大野隆介