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物件ビフォー/アフター:「ボイズ」編
相反する機能を兼ね備えたデザインオフィス
岡部正裕(ボイズ)、原﨑寛明+星野千絵(CHA)

編集とグラフィックデザインを専門とするプロダクションチーム、株式会社ボイズ(voids)。書籍やウェブサイト、フリーペーパーなどあらゆる媒体の制作を手がける。法人化から8年。事業拡大とスタッフの増員にともない、編集部とデザイン部のオフィスを分け、これまで使っていたトキワビル205号室の5軒隣りを、新たにデザイン部の部屋として増床した。改修設計を担当したのは、同じビルに入居する建築設計事務所のCHA(シーエイチエー)だ。ボイズの代表でグラフィックデザイナーの岡部正裕(おかべ・まさひろ)さんと、CHAを共同主宰する原﨑寛明(はらさき・ひろあき)さんと星野千絵(ほしの・ちえ)さんに、改修の経緯やコンセプトなどをうかがった。

ふらっと入ることができる、外のような室内を

――今回の改修は、岡部さんからどのように依頼されて、設計を進められたのでしょうか。

岡部正裕(以下、岡部):編集部のスタッフが増えてきて、オフィスが手狭になったことを機に、空間も役割ごとに分けようと新たに部屋を借りました。たまたま同じビル内で空きが出たタイミングというのもあります。せっかくだから誰かに改修をお願いしたいなと考えたとき、同じトキワビルに入居していて、以前から交流のある原﨑さんと星野さんが浮かびました。お二人のこれまでの仕事も知っていますし、同世代で感覚的に近いものもあって共感する部分も多いんです。

岡部正裕さん

原﨑寛明(以下、原﨑):僕たちはトキワビルに入居した時期が、岡部さんたちとほとんど同じくらいでした。だから、お声がけいただいたのはうれしかったです。

星野千絵(以下、星野):岡部さんに最初にヒアリングしたとき、打ち合わせスペースと作業するスペースを分けたい、それから撮影スペースもほしいということでした。トキワビルはもともと集合住宅で、以前の入居者は住宅の内装のままアトリエとして使っていたそうです。その内装を解体してみてから少しずつデザインも詰めていきましたよね。解体してみると、この空間の印象として「外部性」を感じ、設計の提案にも活かしていきました。

星野千絵さん(左)、原﨑寛明さん(右)

――「外部性」というのは、室内だけれど屋外っぽいということでしょうか。

星野:内装を剥がしたあとはコンクリートの躯体や配管などが現れて、ラフな印象の空間になりました。この建物は年代が古いこともあり、躯体の水平垂直も均一ではなく、コンクリートの肌もザラザラしていたり、ゴツゴツしていたり。それは今のコンクリートにはない大らかさで、室内よりも屋外の質感に近いです。窓が大きいこともあって、外にいるかのような気持ちよさがありました。

岡部:床を剥がしてから考えていけたのがよかったです。解体された部屋のドアを開けたら、まるで外みたいな感じがあっていいなあと。このビルに入居して4年ほど経ちますが、いろいろな人がふらっと入ることのできる空間にしたかったんですよ。屋外の雰囲気がある空間なので、公園のようにみんなが集まれる機能も少し入れたい。それから、このビルはクリエイターたちが思い思いにリノベーションしていますので、これまでにない方向性にも挑戦したい、とイメージを詰めていきました。

手前が打ち合わせスペース、奥が執務スペース

シルバーの塗装と、細い柱

――それで手前の打ち合わせ用のスペースはふらっと入ることができる空間に、そしてカーテンで仕切られた奥の空間はパソコンなどの作業をする場所、と機能が分けられているのですね。内装の特徴としてはシルバーの塗装も一つかなと思うのですが、デザインの意図などを教えてください。

原﨑:編集部が使っている部屋の内装との対比も考えたい、という話も出たので、柱や棚に同じ木材を使いながら、塗装を変えました。自然素材をあえて無機質な印象になるように仕上げています。トキワビルは鉄筋コンクリート造の建物ですが、鴨居やふすまなどの建具に木造住宅のようなしつらえが施されています。その住居の雰囲気は残しつつ、柱は細くしています。そのため、遠くからだと鉄の柱のようにも見えるかもしれません。

岡部:建築の仕事をされている方が見に来たときも「柱が細いね」と注目していました。既成の寸法ではないんですよね。

原﨑:通常は3.5寸(105mm)角を使うところ、角材を割いて2寸(60mm)角にしています。細くしてシルバー塗装にすることで緊張感が出ますが、不思議さや浮遊感も出したいと思いました。

――開放的な空間を目指すことと、無機質な色を使うことは、一見相反するようにも思えますよね。

岡部:グラフィックデザインという自分の仕事柄、色を扱うので、空間に色は使いたくないというのがまずあったんです。人を招くときには、柔らかい雰囲気やカラフルな空間もありだと思いますが、自分の場合はイメージをつけ過ぎたくないというのはあったかもしれません。色をなくすことで、逆にいろいろな人が関わりやすくもなるんじゃないかと。

執務空間

作業に集中することと、誰かと話をすること

――岡部さんは以前、関内に集まるクリエイターがオープンスタジオを行う「関内外OPEN!」でディレクターも担当されていましたし、コミュニティを意識された活動も多いのでしょうか。

岡部:実は人付き合いは苦手なほうです。一人が好きだけど、まわりに誰かがいたほうがいいという感覚があって……。わがままですよね(笑)。トキワビルのいいところは、いろんな人の往来があり、廊下ですれ違うこと。最初に勤めた会社はマンションの一室で比較的閉ざされた空間で、どんどん世界や視野が狭くなってしまって。そのあと勤めた事務所はトキワビルに似て、クリエイターたちが集まるような建物で、心地よかったんですよね。一人でこもりたいけれど誰かの気配も感じたい。それはカーテンにも表れているかもしれません。

――執務室と打ち合わせスペースの間のカーテンですよね。

星野:これはステンレスのメッシュでできたカーテンで、金属の存在感もありつつ、布のような柔らかさや透け感もあって面白い素材ですよね。内装のデザインをしている時点では、具体的なカーテンのイメージはありませんでした。工事が終わったあとに、家具を入れながらカーテンの話になり、「面白い素材が見つかった」と岡部さんに見てもらいました。
素材を見つけたものの、一般のカーテン屋さんに「この生地でカーテンをつくりたい」と注文するのは無理なので、デザイン会社で布の専門家、有限会社スタジオニブロール・安食真さんに、縫製の仕方や仕上げ方などを相談しました。

二つの空間をわけるカーテンはメッシュ素材

――不思議な素材ですね。床もよく見ると、ただのモルタルというよりはマーブルっぽいというか、あえてムラになっていますよね。

星野:モルタルに墨汁を混ぜて左官屋さんの手で伸ばしてもらうことで、モヤモヤした模様をつくっています。このオフィスの床は、奥行きのある土間のようなイメージが合っていると思いました。モルタルの土間が入り口から続くことで、全体が広い玄関のようになり「ここまでは入ってもいいかな」と心理的な解放感も出るかなと考えました。全体的に無彩色でシンプルな内装ですが、この空間が本来持っている年月や風合い、サイズ感が活かされるよう、モルタルにも墨を加えて奥行きを出し、平坦にならないようにしました。

岡部:そういう提案を次々にしてもらって、予算さえオーバーしなければ「ぜひやりましょう!」と。楽しかったですね。

限りある時間を過ごす、オフィス空間の重要性

――潜在的な空間の魅力をいかしつつ、いろいろな人を迎え入れる場所に、というコンセプトを細部にまで実現しているのですね。実際、どのように使われていくのか楽しみです。

岡部:「いつでも来てください」というだけだと、なかなか入りにくいと思うので、コーヒーメーカーを置いて、1杯50円で飲めるとか、そんなきっかけをつくりたいですね。トキワビルにいる建築家の前田篤伸さんに構想を話したら「いいねえ」と喜んでくれて。仕事を一緒にしたことはない人とも話す空間になるといいなという野望があります。ただ、あんまりコミュニティ活動に専念しすぎて、本業をおろそかにしないように気をつけます(笑)。

星野:私たちも設計や内装デザインを仕事としていながら、事務所を毎日使っていると見慣れてしまうし、片付けることも、ついさぼってしまっています。でも岡部さんと仕事をして、オフィス空間の質を保つ大事さを改めて感じて、自分たちを見直すきっかけになりました。

岡部:今後、デザイン部にもスタッフを募集しようかなと考えています。コロナ禍でリモートワークが普通になりましたが、オフィスに来たときはポジティブな気持ちになれる空間は重要だと思うんですよね。新しいスタッフにとっても、自分にとっても、働く場所は少しでも良い空間にしたい。限りある時間を過ごす場所ですので。会社に来たら仕事しやすいとか、人と会えるとか、付加価値があればより良いですよね。

岡部正裕[おかべ・まさひろ]

書籍・パンフレット・フライヤー・ポスター等の印刷物をはじめ、CI/VI 制作(ロゴ、シンボルなど)などを手がける。タイポグラフィや文字を軸にしたデザインワークを得意とする。2012年に株式会社ASYLより独立。2015年に株式会社ボイズ(voids)を設立、代表を務める。ボイズはグラフィックデザイナー/アートディレクターの岡部正裕を中心としたデザイン部と、編集・執筆を担う及位友美をチーフとした編集部が連携し、企画・編集・デザインのトータルディレクション・制作を行う。

原﨑寛明[はらさき・ひろあき]・星野千絵[ほしの・ちえ]

個々の活動を経て2021年にCHAを設立。住宅や商業施設などの建築設計、イベントの会場構成、コンサルティングをはじめ、インテリア、グラフィック、プロダクトのデザインなど、様々なプロジェクトに取り組んでいる。原﨑寛明は1984年、佐賀県生まれ横浜育ち。横浜国立大学で建築を学び、卒業後はオンデザインパートナーズ勤務。アイボリィアーキテクチュア、ハイアーキテクチャーでの活動を経て、CHAを共同設立。星野千絵は、1986年、東京都葛飾区生まれ。武蔵野美術大学で建築を学び、卒業後は伊藤寛アトリエ、辻昌志建築設計事務所勤務、コバルトデザインを経てCHAを共同設立。

取材・文:佐藤恵美
写真:大野隆介