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泰生ポーチ
入居者ファイル #42
大原智子さん、帶川智弘さん(あげる株式会社)

泰生ポーチの402号室に2人のオフィスがある。自分たちで白く塗った壁に、「ジャングル化計画」の名の下に置かれた観葉植物たち。大原智子さんと帶川智弘さんが出迎えてくれた。彼らが着ている赤と黄色のジャケットが映える。

2人が経営するあげる株式会社は、サービスや商品をブランド化して、世に送り出すまで併走するブランドデザイン会社だ。ロゴ、チラシ、フライヤーのデザインなど、数多くの企業や経営者と仕事をともにしてきた。

「ぴったり」のオフィスへ

あげる株式会社は起業から現在5年目。2021年の夏に、泰生ポーチにやってきた。以前は横浜駅付近のコワーキングスペースの小さな個室を借りていたという。「事業が大きくなるにつれ、前の仕事場は手狭になってしまいました。でも、2人だから広いオフィスも必要ない。だから泰生ポーチはぴったりでした」と大原さんは言う。

「Small is better.」をスローガンとする泰生ポーチは、横浜の中心市街地・関内にある。DIY精神と創造性をもった入居者たちが多く、地域を盛り上げる活動を企画する人もいる。

大原さんは続ける。「横のつながりがあるのがよかったです。個室はありつつも、地域の人やポーチの入居者との交流がある。泰有社さんから趣旨を聞いて、魅力的だと思いましたね」。

帶川さんは、同じく泰生ポーチ302号室の株式会社横浜アストレア・星川隆夫さんと知り合いだった。「星川さんから『素敵な場所が空いているよ』と聞いて、すぐに入居を決めました。他にも泰生ビルに入居されている事業者さんとも以前取り引きをしたことがあって、ここには何度か来たことがありました」。

仕事をしながら分かった健康の大切さと、デザイン

「直近の仕事でお話しできそうなものは?」と聞くと2人は顔を見合わせた。「たくさんありすぎてねえ……」と帶川さん。仕事がまとまった分厚いクリアファイルを見せてくれた。

帶川さん曰く、ここ数年は補助金を使って士業とタッグを組む案件が多い。新型コロナウイルス感染症の流行もあり、事業を再構築しようとする人たちとの仕事が多いそうだ。

帶川智弘さん

「コロナで事業が難しくなって、新しいチャレンジをしたいと考えている方のお話を聞いて、どうサービスを世に打ち出していくかを一緒に考えます。ウェブサイトが必要なのか、チラシやパンフレットが必要なのか、車をラッピングして走らせるのか──。モノをつくるだけじゃなくて世に送り出すところも、まるっとやります」と大原さん。地域の郵便局にポスターを貼るために電話し、小さな打ち合わせまでも請け負う。「2人でやっているからこそのフレキシブルさですね」。

大原智子さん

あげる株式会社の大きなテーマのひとつに「健康」がある。

大原さんは言う。「この会社を立ち上げるまでに、私も帶川も何十年と仕事をしてきました。身をもって、やっぱり健康が基本だと思うようになるわけです。いろんな企業の方と出会って、その大切さを強く感じてきました」。

健康への関心は、同時に社会課題解決のきっかけづくりに向かっていく。

神奈川県が発行する『ME-BYO STYLE』の冊子制作が一例だ。食・運動・社会参加を中心とする生活習慣の改善によって心身を健康にしていくことを啓発するもので、帶川さんがデザインを手掛けた。

「私は元々、スキューバーダイビング関連のメーカーの営業マンでした。独立してパソコンサポートの会社を始めたら、パソコンのことはなんでもできると思われちゃって。元々、Illustratorなどが少し使えたんです。だから、デザインの仕事も受けるようになりました。デザインをきちんと学ばなかったけれど、独学と経験で今のようになりました」。

健康への取り組みもデザインの技術も、働きながら学んで来た。

Veggies Parkでつくる三方よしの関係

2022年11月には、泰生ポーチの1階・泰生ポーチフロントにVeggies Parkをオープンした。「野菜の遊園地」がコンセプトで、環境と体に優しいプラントベースフードを提供している。

営業中のVeggies Park。店頭にはテイクアウトのお弁当が並ぶ*

泰生ポーチフロントは、さまざまな事業者が運営するシェアスペース。Veggies Parkは平日の10時から15時までの営業だ。

大原さんたちに、飲食店を経営しているという意識はない。「私たちがこういう食事を提供することによって、『なぜプラントベースが体にいいのか』、『なぜ環境にもいいのか』と考えるきっかけをつくっています。でも単純に言っちゃえば、みんな野菜が足りていない。その一言に尽きる」。

横浜市内のマルシェで地場野菜を買い付け、地産地消に努めている。また、料理人やスタッフたちと知恵を絞って、ゴミの削減にも取り組んできた。決まった量の食材を準備し、1日の営業で売り切る。ゴミ袋は1週間で1袋しか使わない。

「料理人やスタッフの方は、お付き合いがあった信頼できる方ばかり。飲食店の方はよい商品があっても、お店を出すのが難しい。泰生ポーチフロントのようなチャレンジできる場所があるのはいいですよね」。

Veggies Parkで提供される料理の一例*

Veggies Parkのランチは関内のオフィス街の人々に好評だ。ベジタリアンやヴィーガンだという人たちが熱心に足を運びに来ることもある。「健康診断の前だけ慌ててダイエットするなら、Veggies Parkに週1回でもいいから来て欲しい」と大原さんは笑う。

泰生ポーチフロントでお客さまを出迎えながら、まちに顔を出し続けている。野菜の食べ方を広めるためのワークショップや、環境問題に関する映画を鑑賞するイベントも同じ泰生ポーチで行ってきた。米麹と野菜を使ったオリジナルの甘酒を手作りして、横浜市内で開催されたフィットネスイベントで提供したこともあった。

米麹と野菜を使った「ベジ甘酒」*

「お店で働く人にもよく、私たちにもよく、地域の人にもよい。そういう三方よしになる関係をつくっていけたらいいですね」。

あがるアシタをつくる。

大原さんは先日、保険会社の女性と店前で立ち話が止まらなくなった。「『健康って大事だよね』って盛り上がってしまって。Veggies Parkで野菜たっぷりのランチを食べながらセミナーができたらいいなといったお話をいただきました」。帶川さんも、別の会社で働いていたときのお客さまがお店にやってきて、また仕事をしようと話したそうだ。まちづくりを学ぶ横浜国立大学の学生主催のイベントにゲストとして参加したり、近隣のインターナショナルスクールや事業者・団体からお弁当をつくってもらえないかと声がかかったりすることもある。

2人がつくる明日は無限大だ。

帶川さん「壁は僕が塗りました。夏だったから、汗だくだったよね」

PROFILE

大原智子[おおはら・ともこ]
総合商社勤務後、20代で起業。「巡り合う新たな環境(ステージ)とチャンスは楽しまなきゃ損ッ」が、仕事をする上でのテーマ。色の専門家としての経験(企画・監修、コンテンツづくり、教育など)が、共感を得るブランドづくりにつながっている。

帶川智弘[おびかわ・ともひろ]
スキューバーダイビング関連のメーカー勤務後、起業。「経営は冒険ッ」をキャッチワードに、チャレンジングを楽しむことが、仕事をする上でのテーマ。経営という冒険での再発見(本質的価値を発見し、魅せる化するチカラ)が、ブランドづくりのスキームに紡がれている。

取材:中尾江利・中村元哉/文:中尾江利
写真:大野隆介 *をのぞく