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泰生ポーチ
入居者ファイル#45
桑田百花さん(株式会社BRAIST)

白い壁に、B、R、A、I、S、Tのアルファベットが書かれたパネルがかかっていた。「株式会社BRAIST」代表取締役・桑田百花さん(メイン写真中央)は、会社名は単語の頭文字を並べたと言う。人で世界を変えるという理念のもと、活動をしている。日本で働きたいモンゴル人を日本企業に紹介するモンゴル特化型人材紹介会社「BRAIST」。大学時代、起業、コロナ禍から現在までの歩みを桑田さんに聞いた。

アルファベットが書かれたパネル。それぞれに企業の理念が掲げられている

留学で感じた「『ガイジン』だから」というまなざし

大学3年生の桑田さんは留学先のオーストラリアのゴールドコースト市にいた。留学生だけでなく、観光客も訪れるリゾート地だ。
 
「住みやすい国だったけど『ガイジンだから』と判断されることが多かった。だから日本に住んでいる外国人はもっと大変なのではないかと考えるきっかけになりました」
 
帰国後、外国籍の友人から相談を受けたことがあった。その友人は部屋を借りるために携帯電話を契約したいのに、携帯電話会社に行くと住所がないと携帯電話は契約できないと追い返されたのだと言う。
 
「オーストラリアでは部屋を借りる際に煩雑なやりとりなどは一切なく、大家さんが二つ返事で部屋を貸してくれました。日本では住所がない経験なんてしたことがない。どうすればいいか分からなくて」
 
桑田さんが煮えきれない思いでいる中、大学の講義に外国人の家賃保証を担う企業の代表がゲストとして招かれた。桑田さんは衝撃を受け、講義の後、代表に話しかけた。その場で代表に気に入られ、アルバイトとしての入社が決まった。大学卒業後は正社員にもなった。
 
「そこの会社は外国人の家賃保証以外にも、携帯の契約、部屋探し、仕事探しも手助けしていました。来日後の駆け込み寺のような感じ。サービスも彼らの第一言語で行います。もっと知られてほしい仕事です」
 
正社員として勤めた後、独立した。2018年のBRAISTの立ち上げは留学やこの会社での経験がもとになっていると言う。
 
モンゴルは日本よりも大学進学が高く、7割を超える。高い学歴を持ちながら国内でそれを活かせる仕事がない。モンゴルは直行便が行き交うため、日本に親しみを持つ人も多いと言う。それでも、日本社会の偏見は根深い。
 
「取引がない日本企業に営業をしにいくと『ガイジンの紹介? 安く使えるの?』と言われます。皆の潜在意識の中で、外国人を日本人と区別する考え方は残っています」

横浜とモンゴル。各地をつなぐオフィス

BRAISTには桑田さんを含めて8人のスタッフがいる。そのうちの2名はモンゴル現地で働いている。バーチャルオフィス「OVICE」を使って、モンゴルにいるスタッフとも問題なく仕事ができるそうだ。

バーチャルオフィス「OVICE」の様子。自分のアバターを他人のアバターに近づけると、すぐに電話が繋がる

2022年に泰生ポーチに入居したきっかけは泰生ビルの「ピクニックルーム」代表・後藤清子さんに紹介されたからだと言う。
 
「『関内まちづくり振興会』の事務局業務を手伝っていたら出会って。横浜で拠点を探していると話したら後藤さんが泰有社を紹介してくれました。リモートワークでオフィスは無人のこともあるから、広い場所は必要ない。泰生ポーチはピッタリです」
 

壁紙は桑田さんのDIY。3人のスタッフが泰生ポーチのオフィスにいることは珍しいそう

歩み寄ってほしい

空港への出迎えや来日後の生活、企業との面接、日本語の習得──。日本で働きたいモンゴルの人たちを24時間365日サポートする。来日した人たちは、専門知識を活かしてエンジニア職や機械系、IT関係で働く人が多いそうだ。苦労は少なくない。
 
「言葉の問題はありますね。たとえば、『右折して』と日本人から言われても『右折』の意味が分からない。モンゴル人が頑張って言葉を覚えるべきかもしれませんが、日本人も『右に曲がって』などと簡単に言い換えればいい。私たちからすると日本語が上手な方でも『あの人、日本語が全然分からないですね』なんて言われてしまう。歩み寄りが必要です」
 
他にも大変だったことを聞くと、姓・名の問題もあったと言う。モンゴル人の名前は日本や韓国のように姓・名で表記される。しかし、日本企業側が名・姓で表記すると勘違いして名簿登録を間違えてしまったそうだ。
 
その場にいたモンゴル出身のガンゾリグ・ウヌエンフレル(あだ名はウヌ)さんはモンゴルの姓の文化について説明してくれた。
 
「モンゴルの姓の文化は日本ほど強固ではありません。モンゴルでは父の名が子どもの姓になります。だから私は『ガンゾリグさん』と呼ばれると私の父が呼ばれている感じがします」
 
ウヌさんは続ける。「だから私は『ウヌエンフレル』と名前で呼んでほしい。難しいかもしれないから『ウヌと呼んで』と言っています。先述の名前を間違われた人もそう話したら『日本は姓で呼ぶ文化だから』と聞き入れられなかった。パスポートを見せて正しい名前を説明しましたが、なかなか理解いただくのが難しかったです」
 
苦労はそれだけではない。起業してから約1年後の2019年末、新型コロナウイルス感染症が流行り始めた。経営の出鼻を挫かれたのだ。
 
「モンゴルは中国と隣り合っているため、未知の感染症の情報はいち早く入ってきました。早めに手を打とうと、デザイン事業を2020年3月には始めていましたね。海外との行き来が止まったときは、売上が95%減りました。宅配便の業務委託や全く別の会社の業務を受けるなどして食いつないで……。経営者として、雇い始めた社員の生活を守らなければと必死でした」

インタビュー中の様子

出入国制限が終わった現在の目標はコロナ禍の負債を立て直し、事業を拡大することだ。
 
「新しく始めたモンゴルのコスメ販売事業を軌道に乗せたいです。将来的には多様な働き方をするスタッフが70名くらいいる会社にしたい。スタッフを日本各地や国外に配置し、バーチャルオフィスでつなぎながら、どこででもモンゴルの人たちを手助けできるようにしたいですね」

モンゴルのナチュラルコスメ「LHAMOUR」。サジーから抽出するスキンケアオイルなどがあり、桑田さんのお気に入りだそうだ

人材紹介やコスメ販売を通して、桑田さんは日本とモンゴルの架け橋になろうとしている。日本に住む人たちへの思いを伝えてくれた。
 
「これから外国人の観光客が増える。だから外国人への偏った考え方については変わってほしいです。『右折』って言わなければよかったとか、ほんの小さな問題なんです。ポイントだけ見て劣っていると判断せず、多角的にその人を見て、違いを認めあってほしいです」

PROFILE

桑田百花[くわた・ももか]
1994年生まれ、神奈川県横浜市出身。法政大学キャリアデザイン学部卒業。大学時代にオーストラリアへ留学を経験し、多様な文化に触れる。2018年に株式会社BRAISTを起業し、代表取締役に。モンゴル特化型人材紹介サービスを中心に、HPや名刺・ロゴの制作をするデザイン事業やナチュラルコスメの販売事業も展開している。

取材・文:中尾江利(voids)
写真:森本聡(カラーコーディネーション)