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シンコービル
入居者ファイル #48
志村怜さん(UGETSU)

関内の路地に面したシンコービル1階。そこで古着屋「UGETSU」を営むのが志村怜さんだ。仕立ての良さや年代ごとの特徴に注目し、ジャケットやスラックス、小物や靴まで幅広くセレクト。前の入居者が残した棚やシャンデリアを生かしたレトロで気品のある店内に、ヴィンテージのこだわり抜かれたアイテムが並ぶ。

「人や文化がつくる力」――音楽と古着の共通点

志村さんが「UGETSU」の実店舗を構えたのは2023年9月。それまで古着屋で勤めた経験はなく、以前は公務員だったという。公務員をしながら、古着の仕入れを始めたのが2021年のこと。その後、石川町の古着屋やパシフィコ横浜、渋谷パルコなどでポップアップストアもひらいていた。そのころから使っていた店名「UGETSU」は、ジャズバンドのアート・ブレイキー&ジャズメッセンジャーズの代表作から名付けたものだ。
なぜ、古着を扱う仕事につこうと思ったのか。
 
「もともとは音楽が好きで、大学卒業後すぐはドラマーをやっていたんです。でも音楽では正直食べていけなくて。それで公務員になりましたが、自分が本当にやりたいことは何だろうとずっと考えていました」
 
そのころ出会ったのがヴィンテージの有名な靴だった。靴を探していたところ、当時の職場の先輩が「この靴いいよ」と教えてくれた。そのなんとも言えない魅力に惹かれ、どんどん古着の世界にのめり込んでいったという。

「UGETSU」店主の志村怜さん
店内にはジャズが流れる

古着は、ドラマーをやっていたころに演奏していた音楽ともつながる感じがしたと志村さんは振り返る。
 
「ジャズなどのブラックミュージックが好きで、歴史や文化を感じられるものに興味があった。一つひとつに人の情が感じられるところに、古着との共通点があると思います。昔の服は職人さんの手仕事でつくられているものが多く、ちょっと形は歪だったりもするけれど、ものとしての力が強いんです。当時はあまり深く考えていませんでしたが、音楽も服も、人や文化がつくる力みたいなものに惹かれたのかなと今は思っています」
 
志村さんの興味には「人」の存在がある。古着はオーダーものも多く、前の持ち主やどのようにしてつくられたのかということも、よく考えるという。
 
「いまは工業製品が多いですが、服がオーダーではなくなったのは、人間の歴史を振り返ると結構最近のこと。昔は生地も贅沢に良いものを使っている服が多いです。古着で自分にぴったりなオーダージャケットやスーツが見つかると感動しますね。俺と同じような体型の人がいたんだなあと」

店内置かれている古い写真集や雑誌たち

UGETSUが扱う古着のスタイル

志村さんの古着をみる目は、仕入れ時のディーラーとのやりとりを通じて鍛えられた。「日々勉強です。実店舗を構えた昨年9月よりもいまのほうが知識も増えています」と話す。年代や仕立ての良さ、珍しさなど、着眼点もどんどん増え、いまでは「見てわかる」という感覚がついてきたという。なかでも「仕立ての良さ」はとくにこだわってみているそうだ。

「近々自ら海外に行き、直輸入しようと考えています」と志村さん

UGETSUの古着からは「エレガント」や「ドレッシー」という言葉が浮かぶ。まだ探り途中ではあるそうだが、これまでたくさんの古着を集めるなかで、徐々に現在のスタイルに落ち着いた。
 
「最初はもっとアメリカンな古着を集めていたんです。そのあとは70年代ものにハマりましたね。フレアパンツ、派手なフリンジ、レザージャケットなど。いまは、ドレッシーなものを多く仕入れています。この半年間お店を開いてみて、お客さまもそういうものを求めて来られることが多いと感じます。僕も大好きなスタイルなので、よりその方向で知識や在庫を強化していきたいです」

60〜70年代のフランスのジャケット。タグにはサンジェルマン大通り近くの住所が記されている。「タグに住所があることも珍しいですし、この素晴らしい生地と仕立て、さすがパリの一等地に構えるくらい当時実力があったお店なんだなと思います」
ボタンに、COACHの初代デザイナーがデザインした金具が使われているコート。この金具を見た瞬間に志村さんは「ぴんときた」という

取り扱う年代も、いまはこだわらず、年代ごとにあるそれぞれの良さをみる。
 
「年代で、特有のかたちがあるんです。70年代は細身だったり、80年代は逆にゆったりしていたり。同じ年代で固めて着るのもいいし、逆にいろいろな年代の服を組み合わせて着るのも楽しいです。あと、すごく古いアンティークものなんかは、やはり凄みを感じます。職人さんが全部手でつくっていますから。そういう別格な服はほとんど見つかりませんが、出会ったときは感動ものです」
 
なかでも印象に残っているのは1930年代ごろのハンティングジャケット。志村さんが「化石」と表現するそのジャケットは、使い込まれているのが手に取るようにわかり、着ていると「なんでそんなにボロボロなの」と言われたこともあるそうだ。志村さんは、「それがいい」という。
 
「そういう服はもちろん着てもいいし、飾ってもいい。逆に、同じくらいの年代でもすごく仕立てがよく綺麗なままのジャケットもあり、どちらも現代のものとは異なるオーラがあります」

「70年代は派手だけどエレガントでもあるところが好きですね」。志村さんが取材時に着ていた、シェイプが効いたジャケットも70年代のもの

「泰有社さんのビルと古着はなじみが良い」

そんな志村さんがこのビルを気に入ったのも、オーラだ。横浜出身で、もともと地元の古着屋と付き合いもあった志村さんは、知人のすすめでシンコービルに空きが出ることを知った。
 
「演出では出せない、ヴィンテージマンションだからこその本物の雰囲気に惹かれました。ここは居抜きで、前に使っていた方のInstagramで内装を見ると、それがすごくかっこよくて。とくにこのシャンデリア。前の前の入居者の方がクラブをやっていた名残りだそうです。床も気に入り、そのまま使っています。泰有社さんのビルと古着はなじみが良いと感じますね」
 
奥にある赤い棚も、前の入居者が置いていったものだ。それらに加えて、開業にあたりアンティークショップをめぐって見つけた逸品の什器や家具たちが配置されている。

華やかなシャンデリアが照らすレトロで気品のある店内
とくにこだわった鏡。「1800年代ごろのフランスのもので、帝政様式というナポレオンの時代の凱旋門と同じ様式でつくられているんです」

「良いものを一緒に共有したい」と話す志村さんは、来店するお客さまに、歓迎の意を込めてコーヒーを出している。
 
「長居してもらいたいという気持ちです。ゆっくりみて、いろいろな服を着てみてほしい。それだけで純粋に楽しいし、自分の世界も広がっていく。僕もいろいろな格好をしてみて、いまのスタイルがあります。またお客さんと古着の話をするのも楽しいですね。少しマニアックな話をしたり、迷っている方がいたら、持っている服を伺いながらおすすめの服を紹介したりしています」

温かいコーヒーに志村さんの歓迎の思いが伝わる

コーヒーは無料サービスだが、ゆくゆくは前の入居者が残していったバーカウンターを生かし、お酒の提供なども考えているそうだ。さらに、いまはカーテンで隠れている奥のスペースを活用した“ある構想”がある。
 
「ジャケットはサイズがほんとうにシビアなので、良いものを見つけても合わなくて残念ということがよくあります。袖、丈、身幅のどれか一個が合わないだけでも上手く着られない。それを解消するために、お直しの技術がある人と組んで工房をつくりたいと思っています。そうしたら、気に入ったものをもっとかっこよく着ていただけるかなあと」
 
これからの展開も楽しみだ。

PROFILE

志村怜(シムラサトシ)
1990年生まれ。大学卒業後、プロのドラマーを目指しえのもとひろゆき氏に師事。
主にジャズなどのブラックミュージックを好みアメリカのニューオリンズで現地の音楽に触れるが、その後道を断念し神奈川県職員となる。
公務員在任中に音楽文化とも近いファッション文化や古着にのめり込み、小規模ではあるが自ら仕入れ、販売を始める。
渋谷パルコ出店やVCM等の大型イベント出店を経た後、横浜にてUGETSUを開業。

取材・文:安部見空(voids)
写真:大野隆介