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GM2ビル
アートスタジオアイムヒア
出会いを出発点に、あなたとわたしの関係を探る

野村眞人さん インタビュー

横浜市内での短期滞在を要件とする「ACYアーティスト・フェローシップ助成」。弘明寺のGM2ビルにある「アートスタジオ アイムヒア」は、その滞在拠点のひとつだ。
2024年度の助成を受け、10月18日から約2週間、そこで滞在制作していたのが演出家の野村眞人(のむら・まさと)さん。11月2日〜4日には、「上演+展示『分身と観客』」を発表した。その作品からうかがえる近年の活動や、弘明寺での滞在について聞いた。

観客席となる椅子がある街

野村さんが「分身と観客」と題して発表したのは、コロナ禍からの4年間を振り返り編集した、上演と展示のパッケージ。演劇の上演後に、その場所が展示スペースに切り替わり、3つのインスタレーションが展示された。
 
上演作品『吉日再会』は、精神科の訪問看護師が利用者の自宅に定期訪問する場面が繰り返される内容で、出演者は実際に訪問看護師として働いてきた父親と、その息子である俳優の二人。父親は長年行ってきた対話を通じたケアの仕事をそのまま再現してみせ、息子は利用者を演じる。互いに仕事を再現し合うことを通して、「あなたとわたし」「親と子」という関係を見つめていく。

上演作品『吉日再会』 *撮影:レトロニム

これは2024年5月に大阪で初演したものの再演だが、弘明寺公演ならではのある特徴があった。観客席の椅子は、弘明寺滞在中に街の人々から集めてきたものだったのだ。
 
「今回は劇場ではなかったので、上演時の観客席をどうしようかと悩んでいると、僕の弘明寺での活動を見てくれていたACYの担当者から『街から集めてはどうか』と提案があったんです。一番いいアイデアだ、それしかないなと思いました。観客席をあちこちから借りることで、街が集まってくるような感じがいいなと。またそれだけじゃなくて、この椅子たちは、僕が滞在中に出会って話を聞いた人が各々座っていた椅子やその話を僕が思い返していたときに座っていた喫茶店の椅子たち。そういった関係性がもうできていて、『すでにこの街には観客席のようなものがあったんだ』と思えたんですよね」

上演時に配られた、椅子を借りた場所の情報が記されているマップ。上演から展示への転換時間は30分ほどあり、上演を見ていた観客が展示を続けて見るためには、弘明寺の街を散策する時間が生まれる *
3つのインスタレーションのうちひとつは、観客席として使用された椅子たちが展開された。『観客席を貸してくれませんか?』

弘明寺の椅子たちとの間に関係性ができていたのは、野村さんが今回の滞在中にたくさんの人に出会いに行ったからだ。
 
「もともと僕が横浜で滞在制作しようと思ったのは、街の人たちにある話を聞いてみたかったから。実は祖父母が昔横浜に住んでいたのですが、青森県出身で、横浜には出稼ぎで行ったはずなのに、そのまま居ついちゃった。なぜ青森に帰らないのか、どうして横浜だったのか、気になっていたのに聞かないまま亡くなってしまい。だから、同じように遠くから来て、今横浜に住んでいる人たちの話を聞いてみたいと思ったんです。短い滞在期間でそれをかたちにして発表するまでには至らなかったですが、なかにはとても大切な話をしてくれた人もいました。いつかまた横浜に来て、話を聞くことを継続したい。今回の椅子たちはその第一歩です」

野村眞人さん。弘明寺商店街にある観音橋にて

『吉日再会』という演劇作品そのものから感じる関係性の機微、その面白さとともに、観客席の椅子たちにもそれを込めた野村さん。このように、近年の野村さんの作品制作は、いつも誰かと出会い、関係性を考えるところから始まっていく。その制作スタイルの始まりは、コロナ禍で過ごした時間だった。

劇場の外にある「演劇の面白さ」

野村さんは京都を拠点に演出家として活動する傍ら、2年前から知的障害のある人たちが暮らす福祉施設で、日常生活をサポートする世話人の仕事にも就いている。コロナ禍で予定がなくなり時間ができたことで、手元にあったが読めずにいた精神科医・木村敏さんの著書『関係としての自己』を手に取ったことかきっかけだ。
 
「対話に重心を置いた臨床経験から人の精神に迫っていくその姿が、演劇の現場で起きていることと重なって読めました。『あなたとわたし』、そして『わたしたち』という共同体についての感覚など、相手の立場に立つことを専門とする人たちの言葉は、僕のなかで演劇のことを考えているときの感覚ととても似ているなと思ったんです」
 
関係性や距離感といった概念から演劇との親和性を感じた野村さん。実際に福祉や医療の現場に通うようになり、働くことにまでなったのだ。

福祉の仕事は「演出家としてのキャリアの影というわけではなく、どちらも大事なこと」だと言う野村さん

そして、「精神医療と演劇が重なったように、ほかにも劇場の外に『演劇の面白さ』が転がっているのではないか」と考えた野村さんは、いろいろな場所に出向き、人と出会い、その場で起きていることから「演劇の面白さ」を見つけていった。そのなかで「妙に心に残っている」ものを並べたときに、似ているものを感じたという。
 
それが、「分身」「観客」という二つのキーワードだ。
 
例えば、展示作品のひとつ『そうか、おまえいまそこにいるのか』は、2020年に母の故郷である青森へひとりで墓参りに行ったときのエピソードがもとになっている。
 
「村に行ってみたら、まずその墓地がどこにあるのかがわからなくて。最終的には叔父に電話で案内してもらい何とか辿り着けたのですが、そこは砂場で、僕が想像していた墓はなかった。でも叔父はその場所のイメージを強烈にもっていて、電話の向こうで『そこだ』とわかっていたのが面白くて。叔父は腰を悪くしていて、墓参りに行きたくても行けない。『叔父ちゃんの代わりに僕が分身として墓に派遣された』みたいな気持ちになったんですよね」

『そうか、おまえいまそこにいるのか』(テキスト、写真)の一部。青森で墓参りをするまでに繰り広げられた、電話口の母や叔父、近所のお店の人との対話や、そこで作者が見た風景などが「ダイアローグ」と「ト書き」として記される
文章を読みながら奥に進んでいくと、徐々に自分の影がひとつに重なる仕掛けが施されていた

もうひとつの展示作品『わからないのがいいでしょう』も、同じような経験から生まれた作品だ。2024年3月、野村さんは埼玉県のデイサービス施設に15日間滞在していた。「そこで出会った利用者さんの生まれ育った街に代わりに行き、電話で案内をしてもらったんです。まるでそのおばあちゃん(利用者さん)とその地を歩いているかのような感覚をもったんですよね」。

『わからないのがいいでしょう』(音声、映像、ソファ、イージ・ウォーク)のソファに座る野村さん。隣にあるヘッドフォンから、埼玉県のデイサービス施設で出会ったひとりの利用者が電話越しに話す実際の音声が流れる

「わたしがわたしの観客になる」

こうして劇場の外で経験したことを「演劇っぽい」と直感した野村さんだが、「それを演劇として上演するのはしっくりこなかった」という。その「しっくりこなさ」は、野村さんがキーワードとして得たもうひとつ、「観客」に対する考えを聞いていくうちにみえてきた。
 
『そうか、おまえいまそこにいるのか』も『わからないのがいいでしょう』も、展示内容は二人の対話を記録したかたちをとっている。しかし、実際にそれを経験した主体としての「わたし」(野村さん)の言葉はなく、相手の言葉のみで展開される。これについて野村さんは、「僕が自分の作品の観客になろうとしたときに、わたしのせりふがあると違和感があった」という。
 
「僕は文章を読むとき、代わりに読んでくれる心の中の『あいつの声』みたいなものがあって。そのとき、相手のせりふには齟齬はないんですよ。ただ、僕自身のせりふも全部その声で読まれてしまう。そうじゃなくて、観客が『わたし』の役を担うような感じもいいなと思ったんです」
 
「わたし」の声がカットされることで、展示された声と鑑賞者の間に「あなたとわたし」の関係が生まれる。
 
 
いつも、「わたしがわたしの観客になる」という視点に立ってみるという野村さん。作品制作のきっかけとなる「出会った人」との関係性のなかで、誰が観客になるのか、どこに観客席があるのかを探っていく。
 
「僕以外の観客がたくさんいるなかに僕も混ざりたいときは上演に。そうではなく、僕のたったひとつの観客席に誰かが座ってほしいと思ったら展示っぽくしようとか。観客について考えると、作品のかたちが決まってきます」
 
「分身と観客」というテーマに取り組んだ4年間を経て、来年はベルリンで刑務所演劇のリサーチや国際演劇フェスティバルの制作の勉強をするという。
また新しい何かに出会いにいく野村さんは、「分身や観客が、作品をつくるときのメインテーマから、バックグラウンドみたいなものになっていく予感がしています」と笑う。

PROFILE

野村眞人[のむら・まさと]
演出家。レトロニムのメンバー。京都を拠点に演劇に取り組んでいる。人・場所・環境の現実的な関係に演劇を引用し、アクチュアルなフィクションに再構築する。近年は、青森県津軽地方での墓にまつわるフィールドワークや、精神医療従事者や高齢者福祉施設での聞き取り等をベースとした作品・プロジェクトに取り組んでいる。また、俳優として村川拓也作品、庭劇団ペニノなどにも参加。利賀演劇人コンクール2018優秀演出家賞受賞。「部屋と演劇」のメンバーでもある。2024年度 ACYアーティスト・フェロー。

取材・文/安部見空(voids)
写真:菅原康太 *を除く