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水谷ビル

弘明寺商店街の新たな“顔” PEACH COFFEE/AGry

水谷ビル1階に2024年8月、スペシャルティコーヒー店「PEACH COFFEE(ピーチコーヒー)」がオープン。さまざまな人が日替わりで“小商い”を実践してきた「アキナイガーデン」があった場所だ。一方アキナイガーデンを運営していた建築設計事務所「AKINAI GARDEN STUDIO(アキナイガーデンスタジオ)」の神永侑子さんと梅村陽一郎さんは、同ビル2階に新たな拠点「AGry(アグリー)」を開設。お二人と、弘明寺商店街の新たな顔の一人となったPEACH COFFEEの百崎佑さんに、新店舗・新拠点の話を伺った。

“毎日同じ人がいる”風景に

2022年12月から、アキナイガーデンで月一回「PEACH COFFEE」の営業をしていた百崎さん。専門学校でバリスタの技術を学び、卒業後は都内のカフェで働きながら、横浜市内各地でコーヒーイベント「YOKOHAMA COFFEE FESTIVAL(ヨコハマコーヒーフェスティバル)」を開催するなど、カフェ・イベント運営の経験を積んできた。

PEACH COFFEEの百崎佑さん

「一般的にコーヒーは苦いイメージがありますが、ここではフルーティーなコーヒーを扱っています。東京はフルーティーなコーヒーが割と根付いているまちで、それはそれですごい素敵なことなんですけど。弘明寺は『こんなコーヒーもあるんだ』とか『あ、美味しい!』みたいな新鮮なリアクションが聞けるまちで、淹れ手としてもすごくやりがいがありますね」
 
メニューは「シンプルにわかりやすく楽しんでもらいたい」と、すべて「まるで◯◯のようなコーヒー」と表記。「深煎りが飲みたいときもあるし、お風呂上がりなら甘いコーヒー牛乳も飲みたい。お酒と一緒で、その瞬間によって飲みたいコーヒーも違うじゃないですか」と話す百崎さん。バリエーションを用意し、コーヒーが体質的に飲めない人も立ち寄りやすいよう、スタッフ自家製のシロップを使ったクラフトコーラやチャイ、レモネードなども提供している。おしるこやコーヒーソフトも人気で、寒い中ストーブで温まりながらコーヒーソフトを食べるのが好きな年配のお客さんも多いのだとか。

多彩なメニューもわかりやすく

2019年から運営してきたアキナイガーデンの場所をPEACH COFFEEに引き継ぐことにした理由について、神永さんは「シェアショップでは出店者同士のつながりが生まれやすいという価値を実感する一方で、お客さんなどのコミュニティが出店者に根付くため、場所にうまく根付きにくい。そういう側面も途中から感じるようになっていました」という。「まちにとっては、毎日同じ人がいて、ルーティーンにできるようなお店になるといいなという思いが芽生えました。PEACH COFFEEはにぎわい方や人の滞在の仕方、温かさがとても良かったので、やってみないかと声掛けしたんです」

AKINAI GARDEN STUDIOの神永侑子さん(左)と梅村陽一郎さん(中央)

少年時代から地域の活動で培われたチャレンジ精神

コーヒー業界の先達が25歳で店を始めたという話を聞き、「僕は24歳でお店を開くぞと何年か前に目標にしたんです」と話す百崎さん。25歳目前の絶妙なタイミングで声が掛かり、なんとか内装工事を間に合わせプレオープン日を誕生日前にしてもらったそうだ。

改装もAKINAI GARDEN STUDIOのデザイン。商店街側になるべくカウンターを近づけ、白くて明るい印象に

百崎さんの実家は都筑区。もともと新しいことをするのが好きで、小学4年生のときに習い事のようなつもりで地元の認定NPO法人「ミニシティ・プラス」の活動に参加した。「つづきジュニア編集局」のジュニア記者として地域の企業を取材して写真を撮ったり、「ミニヨコハマシティ」という子どもだけのまちをつくるイベントで放送局を立ち上げたり、子ども市長としてまちを運営したり、「特命子ども地域アクター」の活動では商店街を盛り上げるための企画を大人と一緒に考えたり。
 
「自主的にやりたいことをやらせてもらえる環境だったので、チャレンジすることに抵抗がなくなったんだと思います。初対面の大人と話す機会が多くて、人前で話すことも鍛えられました。子どもだったのでいろんな方に可愛がられて育てられた結果、人と話すのが好きでコーヒー屋を始めたし、何かやってみたいと思ったらとりあえずやってみることができるような性格になったのかなって」

大岡川に面する側は腰掛けられる形に。弘明寺出身のスタッフ・天野さんは焼菓子も担当

新装開店を機に弘明寺に住居も移し、まさにアキナイガーデンの2人が推奨している「商い暮らし」を始めた百崎さん。同じ弘明寺商店街の「チャブダイカフェ」とのコラボレーションでおでんとコーヒーとワインを出すイベントを開いたり、近所の保育園児たちのお仕事見学を受け入れたりと、着実に地域との輪も広がっている。百崎さんは「角地でたくさん人が通るので、毎日交番のおじさんみたいな気分です」と話す。周囲の人たちとの家族ぐるみの交流について話す彼は特に嬉しそうだ。
 
「コーヒーを飲みに行くと、何となくお店の人と話すとか、店に居合わせたお客さんと話すとか、コーヒーがある種ツールとなって、コミュニケーションの場になる。ちょっと自宅じゃないところで休憩したいときの気分転換の場所でもいいし、人それぞれの捉え方ができるので、本当にまちのコミュニティとして機能したらいいなと思っています」

さまざまな素材に触れ、暮らしを探求する「AGry」

同じ水谷ビルの自宅で仕事をしていた神永さんと梅村さん。子育てが始まって生活と仕事の同居が困難になり、水谷基地の一部屋を借りていたこともあったが、2階の美容室が入っていた部屋が空いたことをきっかけに昨年9月に「AGry(Akinai Garden laboratory)」を開設した。AKINAI GARDEN STUDIOの事務所としての機能だけでなく、それを拡張していろんな人と共有しながら「暮らしを探求すること」をテーマにしたラボ拠点としての役割を持っている。

棚には塗料やタイル、木材などさまざまな素材サンプルが並び、誰でもいろんな素材に触れやすい場に
手前の大きなシェアテーブルはワークショップにも

これまで、塗料を使ってトートバッグをペイントするワークショップや、家づくりを考えるワークショップが開かれた。塗装職人さんや工務店の人と続けているという「塗装ラボ」の活動では、塗料にPEACH COFFEEで出たエスプレッソのかすやバタフライピー、クレヨンを混ぜてみる実験も。「研究室みたいな感じで、正解があるわけじゃないけど知識が増えて、できることの幅が広がったらいいなと」(梅村さん)

エスプレッソのかすを混ぜたペイントにはコーヒーの匂いが残っていた。ドリップコーヒーのかすではうまくいかなかったそう

「クライアントと建築家」や「元請けと下請け」だけではない、等身大のコミュニケーションをとりながら仕事を作ってきた二人。「その温度感を保ちながら、見える範囲の人を豊かにしていけたら」と神永さんは語る。

商店街で新たな取り組みがスタート

弘明寺商店街では、1月からAKINAI GARDEN STUDIOが会場・屋台設計を手掛けた「橋の上の、弘明寺市場」が始まった。手づくり雑貨やアート作品、花、ドレッシングなど個性豊かな商品が毎回集まる。PEACH COFFEEも、初回は出店者とのコラボドリンクを販売し盛り上げた。
 
まちに集積するクリエイターや商い暮らしの実践者の協働がいよいよ誰にもわかりやすい形で見えるようになり、ますます今後が楽しみだ。

PROFILE

梅村陽一郎[うめむら・よういちろう]・神永侑子[かみなが・ゆうこ](AKINAI GARDEN STUDIO)
個々の活動を経て2018年にAKINAI GARDEN STUDIOを設立。建築設計デザインをベースに、家具やインテリアデザインも手掛ける。日常の中に、非日常の体験や感動時間をつくりだすように、新たな暮らしの心地よさを提案している。

百崎佑[ももざき・ゆう](PEACH COFFEE)
「まるでフルーツのようなコーヒー」をコンセプトに、個性豊かなスペシャルティコーヒーを取り扱う「PEACH COFFEE」を2024年に開業。全国のコーヒーロースターと提携し、コーヒー生産地や焙煎技術にこだわったコーヒーを抽出して届けている。

取材・文:齊藤真菜
写真:菅原康太
 
PEACH COFFEE
https://peachcoffee.studio.site/
 
AGry
https://www.instagram.com/akinaigarden_laboratory/
 
橋の上の、弘明寺市場
https://www.instagram.com/gumyoji_hashinoue

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