「横浜最古の寺」とされる真言宗弘明寺(横浜市南区)。鎌倉街道から寺まで延びる312メートルのアーケードは「弘明寺かんのん通り商店街」として、まちの人たちに長年親しまれてきた。2025年1月26日、商店街の中ほどにあり、大岡川にかかる「観音橋」「さくら橋」上でマルシェイベント「橋の上の、弘明寺市場」が初開催された。泰有社の「水谷マンション」内に事務所「AKINAI GARDEN STUDIO」を構える建築家・梅村陽一郎さん、神永侑子さん、入居者のクリエイティビティを育てるシェアハウス「ニューヤンキーノタムロバ」で前コミュニティビルダーを務め、そのまま弘明寺に住み続けるダバンテス・ジャンウィルさん(以下・ダバンテスさん)らも、商店街組合の先輩らとともに実行委員として参画し、1年をかけて準備をしてきた。弘明寺愛で一丸となった面々が作り上げたマルシェへの思いをうかがうとともに、当日の様子を紹介する。
挑戦を歓迎する弘明寺の魅力
このマルシェは、単なる物販の場ではない。実行委員長のダバンテスさんは「下町情緒あふれるこのまちのマルシェで日常の豊かさを感じてもらい、活気あふれる弘明寺のエネルギーを次の世代へつなげたい」と語る。
相模原で生まれ育ったダバンテスさんが弘明寺に移り住んだのは約3年前。「ニューヤンキーノタムロバ」コミュニティビルダーを経て、その職を卒業した後も弘明寺に住み続け、そしてさらにまちに深く関わる道を選んだ。
「新参者」であるダバンテスさんだが、今では弘明寺に惚れ込んでいるという。「弘明寺は、歴史ある門前町としての風情と、新しい文化の融合が魅力です。大岡川沿いでは子どもたちが釣りを楽しむ姿が見られ、お寺の奥にある山では木々のざわめきを楽しむことができます。天気の良い日には展望台から富士山を望むこともできるんです」。

コミュニティの温かさも弘明寺の大きな特徴だ。商店街では顔なじみの店主との自然な会話が日常的に交わされ、人々の距離の近さを感じることができる。さらに、近年ではクリエイティブな人々の集積も進んでいる。「ニューヤンキーノタムロバ」には、期間限定でアーティスト・写真家・建築家・小説家が住み、20代の店主が起業したスペシャルティコーヒー専門店「PEACH COFFEE」も水谷ビル1階にできた。様々な分野で活躍する人々が弘明寺に集まりつつある。
ゆるやかに若者とベテラン、市内と市外の人のつながりが攪拌され、今回のマルシェのような新しい試みが企画され、そこに仲間が生まれている。若い世代のアイデアを受け止め、世代をこえた挑戦を歓迎する空気が、弘明寺のコミュニティに芽吹き始めている。
独自のデザインでマルシェを彩る

イベントの特徴の一つが、独自にデザインされた屋台だ。商店街イベントでよく見かける「テント」ではない。建築家の神永侑子さん・梅村陽一郎さんらが中心となって設計したこの屋台には「弘明寺ならではのマルシェ」を視覚的に来場者に訴えるオリジナリティがある。シンプルだがマグネットで出店者がメニューやチラシを簡単に貼り付けられる仕様になっている。また、軽量の商品を吊るすことができる丸棒も備えており、多様な商品展示を可能にしている。
ロゴも、地元出身の図案家・鈴木大輔さんが手がけた。弘明寺に鎮座している横浜市指定有形文化財の金剛力士像をモチーフに、力強さがありながらもポップな赤色を生かして強い印象を残すデザインとなっている。
ふだん商店街では売っていない個性的な品々に出会う「橋の上」という不思議空間に、地元つながりのクリエイターたちが、訪れる人を誘う仕掛けを作り出している。
地域と出店者・来場者をつなぐ架け橋に
「橋の上の、弘明寺市場」は、地域と出店者、来場者をつなぐ架け橋としての役割も果たそうとしている。ダバンテスさんは「外から弘明寺に来た出店者にも、ここに屋台を構えて時間を過ごす中で、弘明寺の魅力を知っていただきたい」と語る。出店者には地元の商店だけでなく、横浜市内外からも参加を募り、弘明寺の魅力を新たな視点で発見し、発信してもらうことを期待している。
弘明寺外からの来場者にとっては、橋の上という開放的な空間で、普段は出会えない商品や体験に触れることができる。さらに、マルシェをきっかけに弘明寺のまちを散策することで、歴史ある寺院や活気ある商店街、静かな住宅地や自然豊かな公園など、弘明寺の多様な表情を発見する機会となる。
ダバンテスさんは「このマルシェが単なる物販の場を超えて、弘明寺の多面的で新しい魅力を創出し、同時に既存の魅力を再発見する場となるように育てていきたい。出店者、来場者、そして地域の人々が交流することで、弘明寺にさらに活気を生み出していければ」と願っている。
「橋の上の、弘明寺市場」は、物理的にも 比喩的な意味としても、人々をつなぐ「橋」としての役割を果たすことが期待されている。
横浜ワインから大学院生のシェアハウスまで

初開催となった1月26日は途中強風に悩まされたものの、青空が広がる屋外マルシェ日和となった。橋の上に並んだ15店舗の個性的な屋台には、地元の人々や遠方からの来訪者が多く訪れた。
珍しい野菜ドレッシングや手作りキャンドルなどユニークな物や、ワークショップなどの体験型ブースに人気が集まった。来場者からは「普段見られない商品に出会えて楽しい」「橋の上という開放的な空間でのマルシェは新鮮」といった声が聞かれた。
出店者の一つである横濱ワイナリーの町田桂子さんは「横浜にワイナリーがある驚きを、直にお客様から得ることができました。初めての場所なので珍しがって多くの方に立ち寄って、試飲いただいています」と手応えを語った。
また、弘明寺公園の一角にある空き家を改修しながら住んでいる建築コレクティブ「スリバチ」は、横浜国立大学大学院生らでつくる学生たちが出店。改修時に残った古材を売りながら、足を止めた人たちに弘明寺周辺の地形やプロジェクトの説明をする彼らは「単に物販の場ではない」というマルシェのコンセプトを体現する場をつくっていた。


「橋の上の、弘明寺市場」がつなぐもの
実行委員会はこの初回を足がかりに、毎月第4日曜日の定期開催を予定。弘明寺の新たな文化として定着させることを目標としている(3月のみ第5土曜日の30日に開催)。
横浜弘明寺商店街協同組合理事長の小林宗之さんは「この『橋の上の、弘明寺市場』は、私たちの商店街に新しい風を吹き込んでくれるものだと期待してます。若い世代の方々の新鮮なアイデアと、私たち商店主の経験が融合することで、弘明寺の魅力をさらに高められます」と期待する。
さらに「今後は、地域の障がい者作業所や学校など多様な施設とも連携を広げて、より地域と商店まちをつなぐマルシェに育てていきたい」と、地域とともに歩む商店街ならではの視点で未来を見据えていた。

「橋の上の、弘明寺市場」は、伝統と革新が交差する場所として、弘明寺の新たなランドマークとなる可能性を秘めている。月に一度の橋渡しが、人々の心と心を、そして過去と未来をつなぐ架け橋となることが期待される。
取材・文:宮島真希子
写真:菅原康太 *を除く