あらたな事務所「AGry」を構え、弘明寺のコミュニティに変化をもたらしているのが建築家ユニット「AKINAI GARDEN STUDIO」だ。ふたりが関わるコーヒーショップの開店やマルシェイベントの発⾜など、弘明寺のまちづくりを泰有社と⿍談で振り返る。
まちに根付く若者たち
──AKINAI GARDEN STUDIOさんと泰有社さんが続けてきた弘明寺のまちづくりが、新たな⾵を呼んでいるようにみえます。弘明寺の個性を感じるところはありますか?
神永侑子(以下、神永)
2025年2⽉に、横浜の都市空間やコミュニティを考える「創造都市ワンデイフォーラム」に登壇したんです。関内・みなとみらいエリアのまちづくりを担ったベテランが話をしているなかに、弘明寺の話を持ち込むのが新鮮でした。登壇して思ったことは、関内と⽐較して弘明寺には住む場と活動を発信する場が⾝近にあるということです。「⽣活×創造」というテーマで話したのですが、仕事や活動としての地域というだけでなく、そこに⽣活が同居しているのが興味深いです。弘明寺にある泰有社さんの物件には、住居物件が多いことも、それに関係しているかもしれません。
伊藤康⽂(以下、伊藤)
神永さんがおっしゃるとおり、そのまちが⽣活しやすいのか否かという問題が、住んでいると我が事になる。若い⼈が⾃発的にコミュニティやネットワークを構築して、世代交代を進めているのがすごいことだと思います。
──おふたりが関わっている、⽉に1回のマルシェイベント「橋の上の、弘明寺市場(市場)」も始まりました。商店街の組合やお寺など、泰有社コミュニティを越えた連携があるようですね。
梅村陽⼀郎(以下、梅村)
市場に関して、AKINAI GARDEN STUDIOは屋台の設計に関わっています。先⽇も屋台を出したり、⽚付けたりするのを⼿伝っていました。横浜弘明寺商店街協同組合の理事⻑である⼩林宗之さんがいろんな⼈をつなげて動きまわってくれています。横浜国⽴⼤学教育学部附属特別⽀援学校さんも協⼒してくれたり、弘明寺さんも市場の出店者のために駐⾞場を貸してくれたりしているんです。

伊藤
いまの理事⻑さんは僕と同世代くらいで、組合員のなかでは若い。若い⼈たちに実験的な動きをさせていて、⾵通しがいい雰囲気ですね。
──泰有社さんとAKINAI GARDEN STUDIOさんが関わっている弘明寺の動きの⼀つに、1年間限定のシェアハウス「ニューヤンキーノタムロバ」が挙げられると思います。「クリエイティビティ最⼤化」がコンセプトで、そこに若い⼈が集まるようになっています。
伊藤
神永さんと梅村さんが6年前に弘明寺に来て、おふたりから「YADOKARI株式会社」という、新しいライフスタイルを提案する会社を紹介してもらいました。そのYADOKARIのプレゼンテーションで「ニューヤンキーノタムロバ」が⽣まれたことは⼤きな変化でした。メインカルチャーに対してのサブカルチャーがいつの時代もあって、それは若者から発信されるものだと思います。感度の⾼い⼈たちが集まれば、そんなカルチャーが⽣まれると期待しました。
タムロバの運営が2〜3年⽬になってからは、タムロバに2年以上住む⼈が現れ、3年⽬の⼊居者のほとんどが弘明寺に住みつづけることを決めました。このまちに根付く若者たちが増えてきた実感があります。
神永
タムロバが開始した当時は、私もYADOKARIに転職してアーキテクチャ・デザインユニットのリーダーを務めていました。3年⽬の3期⽣が弘明寺に残ることと、新しく開店したコーヒーショップ「PEACH COFFEE」の存在は関係性があるなと思っています。
PEACH COFFEEは私たちが⽇替わりのシェアショップ「アキナイガーデン」をやっていたときから出店してくれていました。いまは常設の店舗になり、ふらっと⾏ったときに他の⼈に会える。交流拠点とも⾔えるような、⼈とあいさつできる場所の重要性が⼤きいなと感じます。
これからも、1階の路⾯で気軽に⽴ち寄れるところを増やしたいと思っています。でも、商店街のアーケード内は家賃が⾼く、何かをやりたい若い⼈たちには⼿を出しづらい価格帯かもしれません。

梅村
市場はいずれ売り上げが⿊字になる計算です。その売り上げを、空店舗に⼊りたいけれども家賃が⾼くて⼊れない個⼈に先⾏投資する仕組みを商店街でつくれたらいいんじゃないか、と商店街組合さんに伝えています。商店街の個々のお店では売り上げが⽴つんですけど、商店街共有のお⾦をつくる場所がなくて。それを還元できるといいなと考えています。
神永
市場が始まってから、タムロバメンバーが出店したり屋台を組み⽴てたりしていて良いことだなと思います。ご飯を⾷べるだけ、⾷材を買うだけといった“消費するためのまち”ではなく、もっと関わりしろがあるまちになるといいなとは思っていたので、今後も、あらゆるかたちの参加者を増やしていきたいですね。
梅村
タムロバやPEACH COFFEEだけでなく、泰有社物件以外に住んでいる若い⼈たちが⾃然発⽣的に関わりたくなるまちの接点をつくりたいなと思います。
伊藤
そうですね、そういう意味ではこのふたりが弘明寺に来てくれたことは本当に重要な出来事だったと思います。
おもしろいまちにはおもしろい不動産屋がある
──AKINAI GARDEN STUDIOのおふたりからすると、泰有社さんのようなまちづくりに積極的なオーナーさんをどう思われますか? また、注⽬しているまちづくりの事例はありますか?
神永
泰有社さんの存在はとても⼤きいですよ。おもしろいまちには、やはりおもしろい不動産屋さんがいる。私は、これが必須条件だと思っています。若い⼈が個⼈で何かをやりたくても、物件が⾒つからない、⾒つかっても家賃の価格帯が⾼いことが多いんです。泰有社さん物件のように、⼈を招きたくなるところは貴重です。

伊藤
何か挑戦したい⼈に⾨⼾を開きすぎているとマネタイズができない。しかし、物件を買い増してなかで、そのことが徐々にブランディングされたものになって、利益につながっていきました。15年近くやってきたから分かったことですが、それを当初から理解し、分かりやすく外に打ち出していくのも難しいですよね。
⼀時期の横浜・野⽑エリアは、個⼈店を古い物件に招き⼊れてまちを活性化させ、坪単価が上がりました。おもしろいまちづくりだと思います。物件を貸す不動産オーナーが「家賃収⼊になるなら誰でもいい」という感覚になると、どこかで⾒たことあるお店ばかり増えていくことになってしまいます。
神永
東京の茅場町も最近、雰囲気が良いカフェやリノベーションをしている物件が多くあり、⼀度調べたら「平和不動産」が⼿掛けていました。その地域に対するビジョンがあって、設計者がしっかり選定されている状態は良いですね。
伊藤
選定されている状態がすごく重要かもしれないですね。ハードとソフトの部分、全体的な運営の部分を選定して、感度の⾼い⼈たちがそこでストーリーをつくる。物件のオーナー、仲介をする不動産、商店街が共通したまちづくりのビジョンを⾒据えて、ブランディングが進むといいんでしょうね。
再開発で⾼層ビルがどんどん建設される時代ですが、約300メートルのアーケード商店街を開発しようとするところはないでしょう。だからこそ弘明寺は貴重です。「弘明寺かんのん通り商店街は⾼齢化しているから活性化しないといけない」という声もありますが、活性化するよりも、成熟したまちにしていきたいですね。
梅村
商店街のアーケードから外れたところにおしゃれなカフェを開きはじめた⼈もいるので、おもしろい⼈たちが増えていると思います。マルシェを視察したいという⼈たちもいるので、対外的にも動きがある場所だと認識されているみたいです。

──ハードとソフトの部分を担う⼈が連携できるといいのですね。⼆者が考える、今後の展望はなにかございますか?
伊藤
⼩さなことの積み重ねしかないかなとは思いますよね。⼩さくやって、その延⻑線上に「これをやってきてよかった」と思えることを続けるしかない。
神永
私たちが弘明寺に住み始めてから⼤事にしているのは、つながりを⽣むきっかけになりそうなキーパーソンが現れたとき、そういう⼈を逃さないこと。いままでやってきたようなことを、この先も続けていきたいと思います。あとは私たちの建築家という職業柄含めてスキル的にできることは、場の整備だと思っています。
伊藤
建築家が担うことってすごく⼤きいですよね。ハードがいいと、そこに必ず⼈が集まる。タムロバのコンセプトに賛同して⼊居する⼈たちもいるけど、あの空間を⾒て「おしゃれ」と⾔って⼊ってくる⼈が多い。このAGryをみても「ここに⼊居するのはイヤだ」という⼈はいないでしょう。だから今後、建築家の仕事が果たす役割が⼤きくなると思っています。

聞き⼿・執筆:中尾江利(voids)
写真:⼤野隆介
PROFILE
伊藤康⽂[いとう・やすふみ]
1967年⽣まれ。神奈川県出⾝。1998年に株式会社泰有社へ⼊社し、現在取締役。⾃社物件のリーシングや総合的分野を担当。弘明寺で「ニューヤンキーノタムロバ」を始動。ヴィンテージビルの付加価値向上、まちづくりに尽⼒している。
梅村陽⼀郎[うめむら・よういちろう]・神永侑⼦[かみなが・ゆうこ](AKINAIGARDEN STUDIO)
個々の活動を経て2018年にAKINAI GARDEN STUDIOを設⽴。建築設計デザインをベースに、家具やインテリアデザインも⼿掛ける。⽇常の中に、⾮⽇常の体験や感動時間をつくりだすように、新たな暮らしの⼼地よさを提案している。