「泰有社」物件に魅せられた人々を紹介する「入居者ファイル」シリーズ。今回はトキワビルにスタジオを構える株式会社voids(ボイズ)に伺いました。グラフィックデザイナーの岡部正裕(おかべ・まさひろ)さんと、企画・編集・執筆を担う及位友美(のぞき・ゆみ)さんにご登場いただきます。
「ボイド(余白)」に注目する、デザインと編集の仕事
書籍や広報誌、ロゴやメインビジュアルなどの企画・編集からデザインを手がける「ボイズ」。デザイン事務所勤務を経たあと、独立してグラフィックデザインの仕事をしていた岡部さんと、アートプロジェクトなどのコーディネーターをしていた及位さんが、2015年に立ち上げた会社だ。社名の「voids」は「void(=隙間、空洞)」という言葉に由来する。「余白や隙間といった意味を込めたかった」と話す岡部さんは、大学では建築を学んでいた。建築用語で「ボイド」とは、建物内の空所を指す。「余白はいろいろな人との関わりをうむ力もあり、好きなデザインの考え方です」と岡部さん。昨年『毎日新聞』に、担当した書籍シリーズ『世界を読み解く一冊の本』の装丁が紹介された。同シリーズは全10巻の名著を楽しむ入門書だ。
「このシリーズのように、最近は難しいものを易しく伝えたり、間口を広げたり、そこにおかしみを求められることが多くなりました」
例えば『西遊記』では、表紙に「西」の文字が見たことのない書体で大きく描かれ、シンプルな色合いも目を引く。
「『隙間』という点では、拾われていない声をなるべく拾っていきたい」と言う及位さんは企画・編集・執筆を担当。「まだ注目されていないものを探していく。発信されていない魅力を伝えていきたいという思いもあります」と話す。ボイズが企画・編集とデザインを手がける横浜市営交通の広報誌『ぐるっと』には、市内の知られざる名所や飲食店などが毎号取り上げられているが、なかでも市営交通で働く人を紹介するコーナー「おしごとSTATION」は、「こんな仕事もあるのか」という発見があり読んでいて面白い。市営バスのマスタードライバーや、市営地下鉄の「駅務管理所」を統括する所長など、横浜のインフラを支える人たちの仕事を知ることができる貴重な連載だ。及位さんは『創造都市横浜』や『Pen』などのウェブマガジンでもアート関係の記事を書くことも多い。
「アーティストやクリエイターに直接話を聞ける機会は、ありがたいことだなあと。インタビューではいつも刺激をもらっています。自分が聞いた言葉を文字にするのは繊細な作業で緊張しますが、なるべく乖離がないように伝えることを目指しています」
横浜での起業と出会い
2人がトキワビルに入居したのは3年前。以前は、トキワビルから徒歩3分の距離にある泰有社の物件、泰生ポーチに事務所を構え、そこで株式会社ボイズをスタートした。なぜ横浜で起業を考えたのだろうか。
「東京に比べると、横浜は人と街の距離が近いイメージがありました。起業するなら横浜がいいなと思っていたんです」と岡部さん。及位さんも仕事上、横浜との縁が深かったこともあった。物件を探していたとき、たまたま泰生ポーチに空きがでて、即入居。その後、仕事も軌道にのり、スタッフの増員も視野に入れ、泰生ポーチよりも広い今の部屋に転居した。泰有社が管理するほかのリノベーションビル同様、トキワビルも内装を自由に変えられる。泰生ポーチで同じ入居者だった若手の建築家・稲山貴則さんに設計を依頼した。大きく変わったのは、固定席のほかフリーアドレスの席もあることだ。
「ここに移ってから、少しバトルが減ったよね(笑)」と岡部さん。公私ともにパートナーである二人は、仕事においても本音で意見を交わす。「できるだけいいものをつくりたい思いは一緒なのですが、お互いの考えが違うとつい熱くなってしまうんですよね。よく言えば、仕事熱心というか……」と及位さんも笑う。そうして研磨しながらつくられた印刷物だからこそ、手に取る人の心をとらえてきたのだろう。
足元から地続きの視点で
トキワビルに来てからも、たくさんの出会いがあり、「ご近所の縁から仕事をいただく機会も増えました」と岡部さんは話す。装丁を手掛けた書籍『ザ・まち普請 市民の手によるまちづくり事業のキモ』は、編著者である建築家の櫻井淳さんや、制作を担当した編集者の大谷薫子さんなど、トキワビルに入居する人が関わっている。
「トキワビルでは毎月、定例で自治会を開いています。もちろん真面目な話もしますが、後半は飲み会に(笑)。そうやって、自治会や日常的な挨拶で顔を合わせて、人となりがなんとなくわかると、仕事もしやすくなりますよね」
ほかにも「横浜ダンスコレクション」や「横浜音祭り」のアートディレクション、横浜国立大学建築学科の授業レポートなど、横浜に関わる仕事が多い2人。「拠点のまちだからこそ見えてくるものもある。フットワークも軽く関われます」と話す及位さん。2人が1年以上前から構想しているのは「横浜で行きたい100の場所」のガイドブックをつくることだ。横浜のクリエイターがスタジオをオープンするイベント「関内外OPEN!11」では、ボイズも事務所を開放し、訪れた人に「あなたが取材したい人」をきくワークショップを開いた。日々のクライアント業務に追われながらも、こうした自主的な企画をたて、リサーチを続けている。
「ここにいる限りは、横浜が少しでも楽しく面白い街になるお手伝いができたら」という岡部さんの意思の源には、横浜で活動していたグラフィックデザイナーの故・中川憲造さんの存在もあるという。
「起業してすぐ、横浜の仕事があまりなかった頃に、中川さんと出会い励ましてもらいました。そこからさまざまな出会いがつながって、今横浜で仕事ができている。中川さんの意思を少しでも継いでいきたいと考えています」
岡部さんも及位さんも、横浜は育った場所ではない。だが、異なる出身地だからこその街への視点と愛着が、横浜を伝える仕事につながっている。
profile
株式会社ボイズ
グラフィックデザイナーの岡部正裕と、企画・編集・執筆を担う及位友美を中心に、複数のメンバーでチームを編成し制作に取り組む。2015年に設立。VI、CI、ブックデザイン、冊子・パンフレットなどの企画・編集・デザイン、ライティングまでさまざまな仕事を手がけるプロダクションチーム。http://voids.jp
取材・文:佐藤恵美
写真:加藤甫(*をのぞく)
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