MAGAZINE

トキワビル
入居者ファイル#18
青木結花里さん・三谷桐子さん(nici)

「泰有社」物件に魅せられた人々を紹介する「入居者ファイル」シリーズ。今回は、トキワビルに光を扱った作品制作のための暗室を構える、アートユニット「nici」の青木結花里さんと三谷桐子さんにご登場いただきます。

「実験場」ともいえるアーティストの制作部屋

暗がりのなか天井から垂れ下がり、回転する糸。それを照らすスリット状に絞られたライト。浮遊するいくつもの光の輪。そんな幻想的なインスタレーション空間を作り出すのが、青木結花里さんと三谷桐子さんによるアートユニット「nici」だ。

2019年、BLOCK HOUSEで開催された個展「golden time “今とても素晴らしい時”」の展示風景。日没から日の出まで開催されていた* photo:Ayaka Horiuchi

niciのふたりがトキワビルに入居したのは、2020年7月の終わりごろ。これまでは北千住にアトリエを借りていたが、新しい環境を求めて移動。制作場所に困っていたところ、BankART1929代表の池田修さんの紹介でトキワビルを知った。「レジデンスプログラム『BankART AIR 2019』に参加していたときに、今後の制作場所について池田さんに相談すると、横浜には結構良い物件があるよ、というお話を伺いました」。実際に横浜にある物件をいくつか見ていき、最終的にリノベーションが可能なこと、クリエイターが多いことなどを理由にトキワビルに決めた。

暗室に仕上げた部屋。カーテンを開けると白い壁が見えるようになっている

「niciの作品は光を扱うことが多いため、制作に必要な暗室を整えるのに数ヶ月かかりました。」と話すふたり。明るい状態でもすぐに作品を見られるように、窓には遮光カーテンを設置。そして天井には、普段部屋のなかで見ることがない単管パイプが組まれている。作品で使うモーターや糸を垂らすためのもので、ほとんどふたりで設置したという。「トキワビルでは展示している様子を維持できるので、見てほしい人にすぐ見せられるのがとても助かっています」と話すように、アーティストらしい独自の部屋を作り上げた。

作品に適した環境を作るため、多くの工具が並ぶ

実験を繰り返し、偶然的に生まれたものをすくい上げる

2013年ごろからアートユニットとして活動するふたりは、中学校からの仲。大学に入学して作品について話すようになり、感性的な部分が合うと感じたという。「はじめは実験的に手を動かすところから作品にしてみようと話していて。あるコンペにふたりで出したのがきっかけで、『nici』という名前で活動を始めました。」学部時代から一貫して空間を使うことを軸に制作。実験的に試すなかで出てきた現象を拾い上げて作品にしてきた。

青木結花里さんと三谷桐子さん*

インスタレーションを主に制作するふたりは「環境も含めた作品を体験してもらうことをとても大事にしています」と語る。niciの作品に繰り返し出てくる「光」や「糸」は扱いが難しく、環境の要素に影響を受けやすい。暗室で繰り返し実験してみて、展示空間に合わせて作品を見せることを意識しているという。その時々の環境や構成する要素の少しの違いが作品に大きな影響を及ぼす。
 

また、こうしたインスタレーションゆえの展示の難しさもある。「大体搬入はスムーズにはいかない」というふたり。展示場所によって高さや広さも違えば、天井の仕様も異なってくる。その都度空間に合わせて試行錯誤を繰り返してきた。「BLOCK HOUSEで展示したときは、天井がガラスだったので普段とは異なる条件の展示に苦労しました」。

天井から垂れ下がった糸に重り(水晶玉)をつけ、上部のモーターによって糸を回転。そこにスリット状に絞ったライトを当てることで、光の輪が浮かび上がる

繊細な作品には制作から展示まで苦労が付き物だが、「コントロールしきれていないところに魅力がある」とふたりは話す。「あらかじめ見せたいものがあって制作するというよりも、実験のなかでできた作品に対して、『どうして良いと感じるのか』ということを二人でよく話し合います。言語化できていない部分に自分たちの思想や世界の捉え方が含まれていて、そこに共鳴するのだと思います」。

高速で回転する糸は、曲線を描きドレスのようにも見える

コロナ禍での新たな出会い

新型コロナウイルスが猛威を振るった2020年。多くの展覧会やイベントが中止を余儀なくされたなか、niciのふたりも例外ではなかった。イタリアの『Arte Laguna Prize』という現代美術に関する賞のファイナリストに選ばれて、2020年3月にヴェネチアでの展覧会に参加し、BLOCK HOUSEでの作品をブラッシュアップしたかたちで見せる予定だったが、時期未定の延期となった。
 

しかし、コロナ禍が必ずしも悪い影響のみを与えたわけではない。活動ができなかったからこその新たな出会いや、さまざまな人との交流の機会も増えていったという。また、展示ができない期間は自身のホームページを介して作品を見られるようにするなど、新しい発表の方法について考えていた。「やはり私たちの作品は空間で見せることを第一にしているので、記録映像ですべてを伝えるのは難しいです。自分たちの作品をブラッシュアップしつつ、この状況ではどのような環境で見せられるかということを、社会の流れとは少し距離を置いて考えたいと思っています」。

実験の様子。上部のモーターが糸を自動で回転させ、付けた重りの位置によって糸が多様なかたちに変化する

エネルギーを持つ素材への挑戦

これまで一貫して光や糸といったモチーフを扱ってきたniciだが、今後は新しい素材にも触れていきたいという。「これまでは質量をもたないものが多かったので、石や金属など物質としてエネルギーのあるものにもチャレンジしたいですね」とふたりは話す。

今後はコロナが収まれば、オープンスタジオとして開放することも考えている。シンプルな素材が織りなす複雑な視覚体験。その実験がトキワビルの一室でいまも行われている。

PROFILE
nici
青木結花里と三谷桐子によるアートユニット。
2013年から東京を拠点に身近な素材を用いた実験ベースの作品制作を行う。
単純な動作の反復や時間経過の中で生じる微細な変異に着目し、人が築きあげた視覚への絶対的な信頼に揺さぶりをかける。
https://www.nicitokyo.com

取材・文:中村元哉(voids)
写真:大野隆介(*をのぞく)

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