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トキワビル
入居者ファイル#20
川久保悠里さん(Art Connect Yokohama.)

「泰有社」物件に魅せられた人々を紹介する「入居者ファイル」シリーズ。今回は、トキワビル内にギャラリー空間をつくり上げた「Art Connect Yokohama.」代表の川久保悠里(かわくぼ・ゆうり)さんにご登場いただきます。

ビルの一室をギャラリー空間に

トキワビルの2階、105号室の扉を開けると、抽象画から、猫を模した陶器、ディテールにこだわったアクセサリーまで、さまざまな作品が目に飛び込んでくる。ここが、2020年10月末に入居したギャラリー「Art Connect Yokohama.」だ。川久保悠里さんは、もともと馬車道のビルで友人が運営していたギャラリーを、2016年に引き継ぐかたちで運営をスタート。しかし昨年12月、老朽化のため入居していたビルの取り壊しが決定し、慌てて移転先を探していたところ、トキワビルを見つけた。「唯一ギャラリーとして部屋を借りられたのが泰有社のビルでした。広さもちょうど良かったので、トキワビルの部屋には入って2分程で『ここにします』と即決しました」と川久保さんは笑う。

「Connect/コネクト」展の会場風景。作品を鑑賞しながら席につき、リラックスしている人も多かった

取材時に開催されていたのは「Connect/コネクト」展。オープニングイベントとして開かれた本展は、2日19日(金)から24日(水)までと短い会期ながら、スタートして3日で180人以上の人が訪れた。取材中もギャラリーの入り口では、賑わう声が絶えない。
 

出品作家の多くは、川久保さんと個人的なつながりが深い友人たちだという。「今ではパリやニューヨークなど海外でも売れている作家さんもいます」。年齢もジャンルもバラバラな作家たちが、「川久保さんだから」といって快く参加してくれた。

多様なかたちの陶芸作品が並ぶ。長野の山奥にある登窯で焼かれたものも

カルチャーを横断する感性

ギャラリーを運営している川久保さんだが、本職はアパレル。高校時代はバンド活動に勤しみながらも、彫刻家である船越桂に憧れていて、木彫にも興味があった。音楽か木彫か。進路に悩んでいたときに、文化服装学院にある遠藤記念館のこけら落としとして開かれた高田健三のファッションショーを観た。「こんなに人を楽しくウキウキさせる仕事があるんだ」。これを機にアパレルの道に進むこととなった。

川久保悠里さん

服飾の専門学校入学時から、友人知人の紹介で衣装製作やスタイリストの仕事に携わっていた川久保さん。原宿の事務所に在籍し、スタイリストとして活動するも、変わらず美術も音楽も好きだった。事務所近くにある現・ワタリウム美術館の和多利浩一さんと恵津子さんが営んでいた「オン・サンデーズ」に、画家のキース・ヘリングが壁画を描きに来ていることを知った。「ランニングシャツと短パンの格好をして汗だくで描いていて。コーラを手渡すと、本当に嬉しがっていましたね」。ファッションや美術、音楽まで幅広く手がける川久保さんの好奇心は、各分野で輝く人たちとの出会いに育まれてきたことがうかがえる。

ギャラリー入り口には指輪やネックレスといったアクセサリー類が。棚は川久保さんが手掛けた

現在もスタイリスト関係の仕事のほか、服のリメイクの教室など、その活動は幅広い。目黒で開いている教室では、着物のリメイク講座を実施。和服の生地を使ったドレスやアクセサリーなどを製作しギャラリーなどで販売もしている。「お客さまに話を詳しく聞いて、希望のデザインなどについて話し合います。ウエディングドレスのオーダーも受けていて、これまで280着はつくりましたね」。デザインから、型紙を引くこと、生地の裁断、縫い上げまでの全ての作業を川久保さんひとりが担っている。

BLから演劇まで──多岐に渡る活動

馬車道での期間も含めて6年目に突入した「Art Connect Yokohama.」は、これまでの一般的な現代アートのギャラリー像に縛られない展覧会を開催してきた。2020年7月31日から計6日間開催された「BL(ボーイズ・ラブ)展」には多くの反響があったという。「作家の友人が『BLの展示をしたい』って言い出して。僕も友人もBL漫画が好きだったから、やってみようかってなりました」。知り合いを介して連絡を取り、展覧会には森園みるくさんをはじめ、多くの著名なBLを含む漫画家が参加してくれた。思いがけず豪華なメンバーが集まった同展の話題はまたたく間に広まり、千葉や埼玉など遠方からの来場者があったほか、BL本を多く出している出版社のディレクターの目にも留まった。
 

「コロナ禍にも関わらず沢山の人が訪れてくれました。あるお客さんは『BLの深い話をフラットに話せてとても幸せです!』ってすごく喜んでくれて。僕はこれをやった意味があったな、って思いましたね」

好評を得た「BL展」は、早くも2回目として今年7月に開催予定*

2019年4月には横浜関内ホールにて、ダンスカンパニー「ケダゴロ」とのコラボレーション「The Womb 〜ものの発生するところ〜」を上演。2018年の関内外OPENで、トキワビル屋上でおこなわれたダンスパフォーマンスでの出会いがきっかけだという。全ての源、ここからいろいろなものが生まれてくるというイメージで「Womb(子宮)」と名付けた。「僕が原案、演出、美術、衣装、選曲の全てをやったんです。ヘアーメイクの仕事もしているので髪型、メイクも含めなんでも」。3日間の公演で、1,000人近い集客があり、興行的にも成功。バンド活動をしていた川久保さんは、「再演や新たな舞台作品の際には、音楽も自分で作りたいですね」と意欲を見せた。

「The Womb 〜ものの発生するところ〜」*

好きと思えることをやっていく

本職のアパレルに加えヘアーメイク、ギャラリーの運営、演劇の企画など多彩な活動をしてきた川久保さん。多岐に渡る活動には苦労も多いはずだが、「好きって思えることをただやっているだけ」と話す。「『好き』と言葉にすると、『私も好き』っていう人が自然と集まってくるんです。好きなことを通して、いろんな人に出会えて僕はとてもラッキーなんだと思います」。
 

「Art Connect Yokohama.」という屋号もコネクト(つながる)という意味で付けた。展示会に参加した作家や、訪れた人たちがつながり合うことが理想だ。「ジャンルの異なる人たちが出会い、そして、新しい何かが生まれる。この考えは一貫して変わってないです」。

年に1回は必ず「これまでに経験のない新しい何かをする」ことを自分に課しているという川久保さん。一昨年は演劇の原案を作成し公演、去年は書きためていた小説を自費出版した。今年もその思いは変わらない。
 

「身体障害者支援施設の子どもたちの作品展をやりたいと思っています。子供たちはとても力強い作品をつくっているので、それをギャラリーで展示出来れば。トキワビルに入居して、内装の壁塗り、壁紙貼り、クッションフロアーの張り替え、棚の取り付けなどもし終え、ギャラリーを無事にオープン出来ました。毎年新しいことに挑戦しているので、最後にはきっと何でも出来るようになっているんじゃないかな(笑)」

PROFILE
川久保悠里[かわくぼ・ゆうり]
トータルビューティースタイリスト(有)ヌーディスト代表取締役、ボタニカルレメディ協会理事長、NPO法人日本ドッグウェア協会理事長、Art Connect Yokohama.代表
ヘアーメイクアップ、アロマテラピー、化粧品開発をする傍ら、ファッションデザイナーとして数々の俳優、タレントさんのスタイリングや衣装製作を始め舞台衣装等の製作や講師、講演等も行なっている。
ヘアーメイク・衣装共に俳優・タレント・モデルさんからも指名が入るトータルビューティースタイリスト。
アートディレクター、アートイベント企画、キュレーション、衣装及び美術製作、CM製作活動等、2016年よりArt Connect Yokohama.代表として、ファッションとビューティー、アート、音楽をトータルにプロデュースし、融合させる活動。2021年にギャラリーを馬車道よりトキワビルへと移転し、気持ちも新たに個展やグループ展を開催。

取材・文:中村元哉(voids)
写真:大野隆介(*をのぞく)

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