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トキワビル 入居者ファイル#29 安田博道さん・石丸由美子さん・干場弓子さん

「泰有社」物件に魅せられた人々を紹介する「入居者ファイル」シリーズ。今回は、トキワビルに建築事務所「ときにわオフィス」として入居する安田博道(やすだ・ひろみち)さん・石丸由美子(いしまる・ゆみこ)さん・干場弓子(ほしば・ゆみこ)さんにご登場いただきます。

トキワビルの一室。扉を開けると、部屋をまたぐほどの大きなテーブルが目に入ってくる。ここが一級建築士の安田博道さん、石丸由美子さん、干場弓子さんの三人が入居する「ときにわオフィス」だ。築60年を超える建物ながら、古材を再利用して改修した内装が魅力的。今回は、改修時のことや、三人の出会いについてお話を聞いた。

施工者と建築家のコラボから生まれたオフィス

ときにわオフィスが212号室に入居したのは2018年頃。当時トキワビル内で、設立当時の間取りが残っていたのは、この部屋だけだった。「はじめは2DKで和室が二部屋の続き間で。畳や襖など建設当初の間取りがそのまま残っていて面白いと感じたので、改修して三人で使おうという話になりました」と安田さんは話す。施工は、泰生ビルに入居する「似て非WORKS」の稲吉稔さんと渡辺梓さんに依頼した。2017年の10月からの2ヶ月間に安田さん、石丸さん、干場さんで設計をし、2018年1月からの2ヶ月間で施工したという。

居室をまたぐ大きなテーブルがさまざまな要素を一つにまとめている

内装は1960年代につくられたにもかかわらず、その古さを感じさせない。干場さんは「“残す要素”と“つくる要素”についての基本的な考え方は、設計時に計画していましたが、現場ではアップサイクルを得意とする稲吉さんが感じたことを取り入れながら設計を更新していきました」と話す。普通であれば施工者の判断で捨ててしまう資材も、稲吉さんから「使えるかもしれない」という提案で残ったものも多い。キッチンの壁面には、稲吉さんならではの表現もあり、施工者と建築家の想いがつまった部屋であることがわかる。

稲吉さんが再構成したキッチンの壁。接着剤などが多く残っていたが、表現として昇華した

解体するなかで、湿式工法(塗り壁材と水を使った伝統的な工法)でつくられた壁面の内部があらわになった。「下地となる木ずりなどは、空気に触れていないので新品同様にきれいなんです。稲吉さんの大切にするアップサイクルの視点でも、残してみようという話になりました」と安田さん。現代では手間が少ない乾式工法(パネルなどのボードを壁に貼る工法)が使われるが、時間のかかる湿式工法からは手作業の味わいが感じられる。「解体してみて初めて見えてくるものが多くありました。建物の記憶のようなものを残せるというのが、新築とは違う良さがあると思います」と石丸さんもうなずく。

壁面の一部は、サンプルとしてアクリルを重ねて保存した

こうした古い建物を改修するには、オーナーの考え方も重要だと干場さんは話す。「一般的なマンションだと、改修には多くの制約がつきまといます。多くのオーナーさんの基本的な考え方は、きれいな状態の部屋を貸すことです。いまでは古い建物を残しつつ改修する場所も多くなりましたが、泰有社さんは自由な改修を歓迎している点が、先進的だと思います」。

窓際の壁には、安田さんと干場さんのお子さんの手形も。安全な塗料も実験的に試すことができたという

黄金の茶室をもう一度開きたい

オフィスをシェアする三人だが、それぞれが個人の建築事務所をもっており、建築を学んだ師匠や価値観が異なる。安田さんは、高橋晶子さんと高橋寛さんの建築家二人が主宰する建築事務所「ワークステーション」で、モダンな建物を設計していたが、独立して1998年に環境デザイン・アトリエを設立。石丸さんは「村山建築設計事務所」で村山雄一さんに師事、土を使うなど有機的な建築をつくっていたという。2015年に、イシマル建築設計室を設立した。また干場さんは、渡辺真理さんと木下庸子さんの事務所「A・D・H」に勤めていた経験をもつ。多様化した住まいに関わる設計や、まちの起点になる公共施設の設計を行ったそうだ。2010年からは建築家とデザイナーのユニット「studio BO5」を共同主宰し、2020年に干場弓子建築計画を静岡で設立した。

左から干場さん、石丸さん、安田さん。仕事中も向かい合うように座って作業しているとのこと

そんな3人の出会いは、黄金町エリアマネジメントセンターのレジデンススタジオだった。「2011年の黄金町バザールを契機に、『一緒にデザイン会議』という団体を発足しました。そこで、干場さんを含めた建築家と、黄金町を中心に街のビジョンについて議論をしていましたね」と安田さん。その後、石丸さんとも知り合い、レジデンス期間の満了に合わせてトキワビルに移転した。
 

トキワビルで最初に三人で取り組んだのが、2018年の「関内外OPEN!」だ。レジデンススタジオでの活動時、黄金町地区の「エムジィ―アーツ(MZarts)」ギャラリーから依頼を受け、茶室をつくったことがあった。それをときにわオフィスにある畳の上で、再構成したという。「30cm×30cmの金色のアルミパネルの四辺に穴を開けて、ネジでつなげた構造です。ネジの部分を支点に動かせて、全体の大きさを変えられるんです。新しい交流が茶室で生まれましたね」。コロナ禍の影響から実現していないが、今後ときにわオフィスで茶室を再現したいと三人は話す。

2018年「関内外OPEN!」での茶室の様子*
窓辺の畳は、解体で出てきたものを再利用しており、茶室の雰囲気を引き立てた

異なる価値観──あらたな答えを育む

それぞれが独立した建築事務所をもちながら、オフィスをシェアする三人。意見がぶつかることはないのだろうか?
 

「学んできた建築への価値観や系譜が違うので、三人で一つのものをつくろうとすると、ぶつかる部分もあるかもしれません。ただ価値観を押し付けるようなことは、みんなないですね」と安田さん。石丸さんは「相談をしたり、されたりすると、そういう考え方もあるのかという気づきがあります。違う答えがあるという感じ」と話す。シェアオフィスだからこそ、行き詰まってしまった時にも、共有し合えるものがあるのかもしれない。コロナ禍でも事務所に来たり、Zoomを介して話したりと、つながりを保っていたという。

安田さんが現在取り組んでいる建物の模型
「古い建物を一度壊して、木造の事務所を立てる予定」という石丸さんの模型。ときにわオフィスと同じように、古材の一部を再利用するそうだ

こうした関係性は、横浜を出てもつながっている。干場さんは現在、静岡の浜松を拠点に活動。「三階建ての一階を事務所にしています。事務所部分は、まちに開こうと斜め柱のピロティー空間を設けました。近々安田さんを呼んでレクチャーをしてもらおうと思っています」と話す。黄金町や関内と同じように、人々が訪れることを意図した設計だ。

干場さんの自邸兼事務所* 写真:中川達彦

個性ある三人が一つのものをつくるとき、どんな化学反応が起きるだろう。「個人の仕事もあるので簡単ではないですが、何か一緒につくれる機会があったらいいね」と三人が笑い合う、和やかなインタビューだった。

PROFILE
ときにわオフィス
安田博道[やすだ・ひろみち](環境デザイン・アトリエ)
1965年静岡県生まれ。1990年横浜国立大学工学部建築学科修士課程修了。1990年設計事務所アトリエ第5建築界入所。1992年ワークステーション入所。1998年環境デザイン・アトリエ設立、現在に至る。明治大学・日本大学・東洋大学その他多数非常勤講師を旧任し、現在、横浜国立大学・工学院大学非常勤講師。
 

石丸由美子[いしまる・ゆみこ](イシマル建築設計室)
1972年三重県生まれ。1992年専門学校日本デザイナー学院インテリアデザイン科卒業。同年加藤進建築設計室入所。1998年村山建築設計事務所入所。2015年イシマル建築設計室設立、現在に至る。
 

干場弓子[ほしば・ゆみこ](干場弓子建築計画)
1977年台北生まれ。2003年千葉大学大学院自然科学研究科デザイン科学専攻博士前期課程修了。同年、設計組織ADH 入所。2010年からは建築家・デザイナーのユニット「studio BO5」を共同主宰。東京理科大学非常勤講師、明治大学非常勤講師を旧任。2020年、干場弓子建築計画を設立し、現在に至る。

取材・文:中村元哉(voids)
写真:森本聡(カラーコーディネーション)(*をのぞく)

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