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泰生ビル
入居者ファイル#34
門田和雄さん、田宮裕一さん(ファブラボ関内)

「泰有社」物件に魅せられた人々を紹介する「入居者ファイル」シリーズ。今回は、泰生ビルに入居する「ファブラボ関内」設立に関わったディレクターの門田和雄(かどた・かずお)さん、チーフディレクターの田宮裕一(たみや・ゆういち)さんにご登場いただきます。

関内にファブラボができるまで

「ファブラボ」とは、デジタルからアナログまでさまざまな工作機械を備えた、実験的な市民工房のネットワークのこと。マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボのニール・ガーシェンフェルド教授によってその考え方が広まり、2002年のスタート以来、世界中に1,700以上のラボが開設されている。一般市民に開かれ、「ほぼあらゆるもの」を自由につくることのできる場所。そのひとつであるファブラボ関内が、泰生ビルにあるのをご存知だろうか?

国内初のファブラボは、2011年に同時オープンした鎌倉とつくば(茨城)だ。「当時、デジタルデータをもとに3Dプリンターやレーザーカッターなどでものづくりをする“デジタルファブリケーション”が日本でも広まりはじめるところでした」と振り返るのは、ファブラボ関内の立ち上げに携わった門田和雄さん。門田さんはファブラボに関わる以前からロボットや機械工学系に関する著書を多数執筆し、工業高校の教員として技術教育に携わってきた。

ディレクターの門田さん

ファブラボ関内ができたのは2013年。「ファブラボでは毎年世界の代表者が集まる会議を行っていて、その開催地に新しいラボをオープンする流れがありました。2013年8月に横浜での開催が決まり、350人ほどが集まる大規模な会議の後、自分を含めて4人ほどで関内にラボを立ち上げることになりました」。当初は週末にさくらWORKS<関内>の横浜コミュニティデザイン・ラボの一角を借り、レーザーカッター1台と3Dプリンター数台でこぢんまりと活動をしていた。その後は4階、2階と部屋を移り、少しずつ機材も充実していったという。
 

2019年からディレクターを務める田宮さんは、元々ラボを利用していたユーザーのひとりだ。事務職をしていたがものづくりに興味があり、機材や材料の揃っている場所を探していたところ、見つけたのがファブラボ関内だった。「当時、3Dプリンターの話題を聞いて足を運んだのがきっかけでした。何かをスキャンしてすぐにかたちにできると考えていたのですが、最初はなかなか難しかった。そのほかにもわからないことが出てきて、色々と学んでいるうちに内部の知り合いもでき、運営する側に回るようになりました」。

ラボ内には工具や3Dプリンター、レーザーカッターなどの機材が並ぶ

グローカル(グローバル+ローカル)な活動

ファブラボ関内には現在、20数名の会員が所属している。ほとんどが土日祝の週末会員で、年齢層は30代〜50代が多い。電子工作やアクセサリーなどジャンルはさまざまだが、「自分で何かつくりたい」と思う人が集っている。
 

会員同士の交流もあり、これまでワークショップやラボとしてのプロジェクトを行ってきた。そのひとつが、コロナ禍で実施したフェイスシールド寄贈プロジェクトだ。田宮さんは、「コロナが流行りはじめたとき、フェイスシールドが必要な医療現場などに回ってこない状況がありました。アメリカではファブラボでフェイスシールドをつくって病院に提供する動きが広まっていたので、日本でもやることになりました」と振り返る。

完成したフェイスシールド*

フェイスシールドは、各地のラボで分業して制作した。関内では頭にはめるバンド部分を担当。海外で制作されたデジタルモデルをアレンジし、少しずつ改良を加えていった。ラボの会員には自宅に3Dプリンターを持っている人も多く、各自で出力したという。まさに、ファブラボが核としてきたデジタルとアナログの融合によって、国境やそれぞれの環境を越えたものづくりが実現した例だ。
 

また、泰有社の拠点の入居者とも協力している。例えば建築設計事務所・オンデザインは、手作業では難しい看板などの出力でよくラボを利用しているのだとか。同じく泰生ビルの明蓬館高校 関内・横浜SNECが移転する際には、個人ロッカーの名札をそれぞれの生徒さんが自分でデザイン・出力するワークショップを行った。

会員による作品を展示するスペースも

「いまは週末会員が多く、年齢層も高めなので、ぜひ学生さんなど若い人にも利用してほしいです。例えばIllustratorが使えれば、すぐにモデルのデザインから出力まで身につけることができますし、そういう環境があればとても役立つと思います」と田宮さん。門田さんも、「グローバル+ローカルで“グローカル”という言葉がありますが、まさにそういった活動をしたいと考えていました。特にファブラボは世界にネットワークがあり、地域に密着しています。これからは地域の課題を解決することにも貢献していきたいですね」と語る。

世界とつながる「ファブアカデミー」

ファブラボのグローバルな活動のひとつが、毎年世界で250名ほどが参加する「ファブアカデミー」だ。オンライン講座の配信と各地のラボでのトレーニングで構成され、2019年から関内でも受講できるようになった。期間は半年間で、それぞれが卒業制作をイメージしながら毎週の授業を受けるスタイルとなっている。

チーフディレクターの田宮さん

田宮さんによれば、ファブアカデミーのポイントは「ものづくりの基礎となる理論から最終的なアウトプットまで、無理なく学べること」。レーザーカッターなど機材の使い方や、電子工作、プログラミングなどを学びながら、自分がつくりたいものを具体化させていく。今年は関内での受講者が1人だったため、チームでマシンをつくる課題ではアルメニアのラボとコラボレーションし、データを共有しながらタイマーを完成させたという。「つくり方を知っているとできることの選択肢が広がるので、とてもよいプログラムだと思います。卒業生のなかには、地元でラボを始める人や、大学の事務職から技術職になった人もいて、スキルアップの機会になっていると実感します」。

アルメニアのラボと共同で制作した1分タイマー*

昨年の卒業生のつながりから、今年は「Mouser Fab DIY Awards 2022」というイベントも開催している。これは、電子部品ブランドの代理店であるマウザー・エレクトロニクスとの共催で行うものづくりのコンテストだ。現在、一次審査で5作品が選ばれ、一般のオンライン投票を実施している。また9月3日(土)・4日(日)には、東京ビッグサイトで開催される「メイカーフェア東京」にも参加。5作品を展示し、最終日に結果発表と表彰式を行う。フェアにはファブラボ関内のブースもあるため、広くものづくりに興味のある方はぜひ足を運んでみてほしい。

オープンしたての木工室の様子*

ものづくりを軸に、さまざまな活動を行ってきたファブラボ関内。8月からは泰生ビルの511号室、似て非worksの半分に木工室をオープンした。換気・防塵装置をそなえた塗装ブースも整備し、よりつくれるものの幅が広がった。「木工室は、泰有社拠点の入居者や地域の方にも使っていただきたいですね。ファブラボは平日も開いているので、機材を使えるシェアオフィスをお探しの方は、ぜひ平日会員として利用してほしいです」と門田さん。ファブラボのとびらは、すでにものづくりに触れている方にも、これから始めてみたい方にも広くひらかれている。

PROFILE
門田和雄[かどた・かずお]
ファブラボ関内ディレクター。東京工業大学附属科学技術高等学校に勤務していた2011年頃からファブラボに興味をもち、2013年8月にファブラボ関内をオープンする。現在は、神奈川工科大学教授として機械技術教育の実践と研究に取り組みながら、ファブラボ関内に運営にも携わる。MakerFaireTokyo2022では、自作の珈琲焙煎機を展示する予定である。
 

田宮裕一[たみや・ゆういち]
ファブラボ関内チーフディレクター。Fab Academyを2017年に卒業後、同インストラクターとなる。開講ラボに必要とされる環境を自ら整備し、2019年からファブラボ関内で受講生を受け入れを開始し、卒業生を輩出。現在は、ローカルインストラクターとして受講生への指導すると同時に、世界各国の受講生の最終卒業判定などを行う。一方で、関内の細かなローカルニーズへの対応、横浜市事業へ協力、全国を対象にした企画運営など、様々な活動に携わっている。Fab Academy2023の受付も間もなく開始させる。https://fablab-kannai.org/fabacademy/

取材:中村元哉/文:白尾芽(voids)
写真:森本聡(カラーコーディネーション)(*をのぞく)

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