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トキワビル/シンコービル
常盤ノブから「トキワ町アジール」へ――小さなコミュニティの自治

トキワビル/シンコービルでは、関内外OPEN!11のビル全体企画として「トキワ町アジール」を実施した。主な内容は①インフォメーションセンターのオープン、②トキワビル/シンコービルツアー、③シークレットパーティの開催だ。昨年度の関内外OPEN!では、クリエイターやアーティスト以外のビルの住人とどのように関係性をつくれるかが課題となったトキワビル/シンコービル。今年の「トキワ町アジール」では、ビルに入居する人同士の交流のきっかけを生むことに挑戦した。
筆者の及位は2019年4月から11月の約半年間、トキワビル/シンコービルの事務局をvoids(株式会社ボイズ)の一員として担った。今回は事務局の視点も交え「トキワ町アジール」をレポートしてみようと思う。

自治だからこそ「やりたいこと」を形にする

トキワビル/シンコービルの一番の魅力は、アーティストやクリエイター個人の自発的な思いから、いくつものプロジェクトが具体的に動き出していることだ。泰有社がトキワビルとシンコービル2棟を購入した2017年以降の入居アーティスト・クリエイターは、約20室・計40数名にのぼる。ビルの中にはそれ以前から入居している住民や会社など、約10室の入居者もいるが、現在はアーティスト・クリエイターの有志が集まって、毎月1回トキワの日(18日)を自治会日として設定し、「このビルでやりたいこと」を話し合って決めている。「屋上菜園がしたい」「ドアを塗りたい」「サインをつくりたい」「入居者が自由に使える部屋で展示やイベントがしたい」といった具体的なやりたいことがある人が「分科会」を組織し、この半年間でいくつかの分科会プロジェクトが実現した。
 

たまたま同じビルに入居した人たちが集まる小さなコミュニティだが、誰に頼まれたわけでもなく「やりたいからやる」自発性を形にできる環境。それを可能にしているのが、トキワビル/シンコービルに集まった個人のアイデアや技術、そしてさまざまな側面から、その活動をバックアップする泰有社の存在だ。

自治会での議論はいつも穏便に運ぶとは限らない。意見を交わし合い、多数決ではなく落としどころを見つけていく。食べ物や飲み物を持ち寄って開催する自治会は、議題が終わってからも終電近くまで話し込むことも

はじまりは「ドアを塗る」プロジェクト

自治会での紆余曲折を経て実現したのが「ドアを塗る」プロジェクトだった。2017年ごろに入居したメンバーの中から、ドアの劣化が気になるから好きな色に塗りたいという声が出はじめる。それを受けて分科会の中に「ドア班」ができ、アーティストの樫村和美さん(ライトハウス)と岩間正明さん(ライトハウス)が担当した。各入居者の好きな色でばらばらに塗るのか、カラーバリエーションを決めて選んでもらう形にするかなど議論を重ねた結果、カラーバリエーションから選んで決めることに。アーティスト・クリエイターの部屋だけでなく、既存住民の部屋のドアも塗り替えることにした。なんとか関内外OPEN!までには塗装を終えようと泰有社・伊藤康文さんが動いてくれて、無事に新しいドアでお客さんを迎えられたのである。
 

2019年夏ごろからは、関内外OPEN!でどのようなプロジェクトを実施するか、自治会の中で検討がはじまった。当初から課題として挙がっていたのが、既存住民とのコミュニケーションだった。そこで建築家の安田博道さん(環境デザイン・アトリエ)が提案したのが、彼ら/彼女らを招待する屋上パーティの開催だ。どのように声がけをするのがよいか――。そこで新しくなったドアの前で入居者を撮影するポートレートプロジェクトを発案したのが、アーティストで写真家の中川達彦さん(ライトハウス)だった。その結果、アーティスト・クリエイターだけでなく、同じビルに入居する雀荘のおかみさんや、設備会社の社員の皆さま、ダンサーやNPO職員など計4部屋の方々に、ポートレートプロジェクトに参加いただくことができた。

中川達彦さんのポートレートプロジェクトに参加した皆さま
中川達彦さんのポートレートプロジェクトに参加したアーティスト/クリエイター

トキワビル/シンコービルの“日々の営み”を見せた「トキワ町アジール」

インフォメーションセンター

関内外OPEN!11では、中川さんが撮影した写真を見せる場所を兼ね、トキワビル/シンコービルのインフォメーションセンターを4階の311号室にオープンした。この部屋は自治会の開催場所にもなっており、入居者が自由に使える部屋として泰有社が提供してくれているものだ。ここでは入居者がビルでの活動を案内したり、ヨガインストラクターの吉村郁子さんが体験タイマッサージを実施したりした。1日で50名近くのお客さんを迎えてにぎわった。

インフォメーションセンターの様子。左は吉村郁子さんのタイマッサージ、中央が写真家の中川さんによるポートレートプロジェクトの展示、右奥はインフォメーション対応をする石丸由美子さん(イシマル建築設計室)

ツアー

さらに「トキワ町アジール」企画として、この日オープンスタジオを開催していたトキワビルのスタジオを訪問するツアーを開催。中川さんと及位が、約15名の参加者をアテンドしてまわった。
 

各部屋を訪問し、アーティストやクリエイターの皆さんに5分程度の自己紹介をしてもらったあと、質疑なども受け付けた。入居者が入居者を案内したことで、普段なかなか聞けない仕事や作品のコンセプト、制作プロセスなどの裏話もしていただくことができ、お客さんからも好評のツアーになった。

「トキワ町アジール」の旗を持ち、ツアーの参加者をガイドする
分科会のひとつ「屋上菜園」をツアー参加者たちに案内する、屋上菜園分科会リーダーでアーティストの岩間正明さん(ライトハウス)
トキワビル2階、建築設計事務所のアトリエ・モビルを訪れる参加者たち

シークレットパーティ

関内外OPEN!をきっかけとした催しではあるものの、屋上パーティはあえて公開プログラムにせず、既存住民にもお声がけしてビル内での交流の場にしようと実施した。ポートレートプロジェクトには4部屋の既存住民の参加があったものの、パーティの方は土曜日夜の開催ということもあり、参加はかなわなかった。だがパーティの途中で、トキワビル2階に入居する雀荘のおかみさんが、営業中のお店をすこしだけ留守にして屋上の様子をのぞきに来てくれたのである。一緒に飲み食いをするには至らなかったが、交流の一歩をみんなで喜んだ。

屋上でのシークレットパーティの様子。バルーンの中で団らんする入居者たち

311号室のインフォメーションセンターと、屋上でのシークレットパーティで使用した大きなバルーンは、建築家の浅沼秀治さん(アトリエ・モビル)のアイデアでつくった昨年の「常盤ノブ」をアップデートしたものだ。一回り大きなサイズのバルーンを、今年も入居者によるワークショップで制作した。大きなサイズのバルーンをつくるのに時間がかかると思われたが、昨年度の経験値が生かされワークショップはスムーズに進行。なんと予定のスケジュールを1日まいて完成することができた。経験が蓄積されていることも実感でき「形を変えて同じバルーンをつくっていくのも面白い」という手ごたえもあった。これからトキワビル/シンコービルの恒例企画として、毎年大きなバルーンがお目見えするかも……?

10月下旬、311号室でバルーンづくりのワークショップを終え、みんなでくつろぐ
制作したバルーンを屋上に広げて、シークレットパーティの設営テスト

プログラム名になった「アジール」とは、「自由領域」「避難所」など「統治権力が及ばない地域」といった意味をもつ。トキワビル/シンコービルのコミュニティを架空の「トキワ町」と名付け、個人が活動する環境そのものを見せようと企画した3本柱のプログラム「トキワ町アジール」。
 

トキワビル/シンコービルでの日々の営みを、来場者の人たちに感じてもらえていることを願う。来年の関内外OPEN!ではどんな「アジール」が見られるだろう。いち入居者としても楽しみだ。

「トキワ町アジール」ロゴ、グラフィックデザイナーの岡部正裕(voids)が制作

文:及位友美(voids)
写真:中川達彦(ライトハウス)

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