GM2ビル4階にある「ニューヤンキーノタムロバ」(以下、タムロバ)。「クリエイティビティ最大化」を目指した1年間限定のシェハウスで、9人の入居者が属性や職能を越えて自分自身を追求してきた。「生(なま)」というテーマのもと、全員が自身の人生を「ゼロフェス」(2025年3月22日、23日開催)に向けて昇華していた。その様子をレポートする。
みんなが誰かを応援している
タムロバ入居期間の集大成ともいえるゼロフェスのテーマは、「生(なま)」。9人の入居者が等身大の自己表現を1年かけて追求してきた。「自分の言葉でしゃがみ込んでいる誰かに寄り添いたい」──。ゼロフェスのテーマに当てはまるかのような志をもった人が、橋本彩香さんだ。

橋本さんはタムロバ公式HPで作家になることを宣言。リビングダイニングの棚には手製した小説『今日という日は、私だけの一日』が飾られていた。人生に疲れたアラサー女性の主人公が、「PEACH COFFEE」などの実在する弘明寺の人たちと交流して元気を取り戻していく様を描いた。

「『疲れたら休んで』という言葉は世にあふれているけど、その後にどう社会に戻ったらいいのか、自己肯定感をどう保ったらいいのかという悩みにフォーカスした作品は少ない。休んだ人のその先を肯定したい」
タムロバ卒業後も橋本さんは引き続き弘明寺に住み続ける。「このまま制作を続けたい」と意気込んだ。
そんな橋本さんと一緒に入居したのが、1期生でコミュニティビルダーを務め、3期生としても入居したダバンテス・ジャンウィル(ダバちゃん)さん。作品は、脚に1枚の天板を載せたカウンターテーブルのように見える。しかし天板は4つの板からできており、それぞれの板の厚みをならすようにグラインダーで削った跡が残っている。

フィリピンにルーツをもつダバちゃんは、それを理由にいじめや差別を受けてきたと話す。頭のなかに浮かぶ思いがグラインダーに伝わって、刻まれた傷は幸せや寂しさなどのいろんな表情を見せる。

長かったタムロバとの関わりを振り返って「まだ青春みたいなことができるんだと感じた」と話すダバちゃん。タムロバの良さをこう表現する。
「やっぱりめちゃくちゃいい場所だなって思います。来る人がみんな『何かをしたい』と焦っているのが伝わるし、自分も焦っていい循環が生まれる。ここでの生活は人間を人間たらしめていると思います」
周りにいい影響を与えたい。タムロバを一歩踏み出せる場に
ダバちゃんのように2年以上住みつづける人も現れていて、井上須美さんことすみちゃんもそのひとりだ。
すみちゃんは、「モーニング娘。」の曲が大音量で流れる自室でランニングマシーンを爆走中。ランニングマシーンから壁をつたうように細長い照明装置が設置されており、光の粒が壁に向かって走っていく。光の動きはすみちゃんがコントロールしていた。

エンジニアとして5年働き、「世に出て本当にうれしいと思えるものを探したかった」と話すすみちゃん。タムロバで「自分のすることで人にいい影響を与えたい」という自分の軸を見つけた。「自己理解したいと思ったときに人と意見を壁打ちできる環境だった。そこにすごく感謝しています」と、すみちゃんは二年間を振り返る。

高橋優弥さんも、自己理解に深く打ち込んだひとり。テーマに呼応して人生のことを書き出してみたと言う彼は、結果としてそれを作品の奥に隠すことを選択した。でも、表面には高橋さんをつくってくれた地元・宮城県松島町の農風景や好きなアーティストの写真、好きな色である緑色のものが飾られている。

会社員1年目、上京したてでコロナ禍になってしまった高橋さんは、松島の身内に起きた不幸や地域の人口減少に向き合えず、ふと疑問を抱いた。実家の農業を手伝っていたときのような温かい時間や場所、子どもの居場所をつくりたいと考えてタムロバに入居。タムロバでは祖母がつくった米や味噌でおにぎりと味噌汁を入居者に振る舞い、人を手助けする立場に回った。弘明寺で発足したマルシェイベント「橋の上の、弘明寺市場」にも携わることで、居場所づくりに踏み出すことができた。

ゆうやさんと同じように、タムロバ入居者の食卓を彩ってきたのが永野凜さん(凜ちゃん)。今日は来場者にコーヒーを振る舞っていた。

帰国子女というバックグラウンドもあって通信会社に就職するも、その環境が嫌になってしまい、日本語教師を始めたという凜ちゃん。「ノマドのような生活をしたい」と場所に縛られない生き方を夢見ている。人との出会いや会話が生まれる旅行やゲストハウスが大好きだそうで、今日のカフェは「人と話したい。人のつながりが生まれてほしい」という思いでオープンした。
自室では参加型の作品を展示。タムロバの仲間が残る弘明寺に住むか、ゲストハウスで働くか……。決断に迷っている凜ちゃんは過去の自分の決断にヒントがないかと振り返り、さらに来場者からアドバイスをもらえるように紙を置いていた。「新しいスキルが欲しいからバイトもしたい」と前向きだ。

田林由呂さん(ゆろす)は自分の部屋で展示していた。自室にはゆろすさんが好きな古着や洋楽のレコード、高層ビルの写真といったものが展示されている。横浜市の広告代理店に勤めているゆろすさんは、実家を出て自活してみたいと思いタムロバに入居した。タムロバに集う人たちはゆろすさんを刺激してくれた。

「私がいままで友達になったことがないタイプの人と1年間の共同生活をして内面的に成長させてもらったし、『こんなことを考える人がいるんだ』と刺激的でした」
「今年の入居者のなかで会社員をやり続けるのは私だけ。ちょっとアウェイ感があります」と笑うゆろすさんだが、「自分の仕事に自信がついた」と言い、これからも横浜で働き続ける。

フリーランスのグラフィックデザイナーとして働きながら絵画制作を行う犬山さきさんも自室を展示会場に。この1年間で描きたいものは何か、どうして絵を描くのかを考えた。「自分のよりどころを探しているのでは」と考え、部屋の壁には犬山さんの考える「守護霊のようなもの」が等身大で描かれている。

最終的にまたやりたいことが分からなくなった」と話すが、今後も弘明寺に住み、弘明寺のマルシェに出店しつづけるそう。「やりたいことが分からない」という言葉には期待やワクワクがにじんでいるように感じた。

やりきったから怖くない
ゼロフェスのテーマを設定したのが、コミュニティビルダーである飯島大地さんと藤井麻結さんとのふたり。飯島さんは「生(なま)」というテーマについて「等身大の自分を表現してほしかった」と話し、藤井さんも「見せるならリアルそのままを」と考えたそうだ。
藤井さんの作品は黒いボックスのようなシングルベッドサイズほどの部屋。中にはピンク色のふわふわクッションが敷き詰められ、香水のような甘い香りがした。

「自身のセクシュアリティや生き方を見つめたい」と考えた藤井さんは、2024年10月に新宿区歌舞伎町で1カ月の野宿生活を試みた。その間は風俗店やネットカフェなどを転々とした。周囲の破り捨てられた紙には、そのときの苦しみを綴った言葉がプリントアウトされている。だが、藤井さんは「それを経験したから見える優しい感情を感じてもらいたい」と言う。部屋で寝転んだ観客にはポストカードを手渡し、「大切な人に渡してほしい」と伝えていた。

「この作品を見せることは怖くない?」と問うと「もうやりきったので、怖くない。ダメなところを全部出した」と話す藤井さん。これからも「誰かと接したり何かを与えたりできることを続けたい」と言う。
飯島さんは、タムロバの暮らしで「自分の伝えたことに良いリアクションが返ってくることもあれば伝わらないこともあり、人との向き合い方・出会い方をすごく考えさせられた」と話す。

飯島さんはそれを自転車に例えて作品にした。「ハンドルなどと違って、車輪とそれに接する地面は乗っている自分には見えない。けれど、それがなかったら前に走れないので自転車にとって一番大事なところ。見えない部分を自分がどのように感じて、どう人に伝えていくのか。気づきになったものを表現したかった」

ゼロフェスの後、3期生が卒業して4期生の募集が始まる。飯島さんは4期生に何を期待しているのだろうか。「イメージやラインを壊してほしいですね。3年も経つとイメージやコンセプトが定まってくる。でも、それをいい意味でぶち壊してくれる人がきたらおもしろい」
タムロバ卒業後も弘明寺に住みつづけたいと話す人がほぼ半数を占めた今年。こんな人たちが弘明寺にブレイクスルーをもたらすのかもしれない。
INFORMATION
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https://newyankee.jp/
取材・文:中尾江利(voids)
写真:菅原康太