HOCは2026年5月、新たなメンバーを迎えて合同会社から株式会社へ移行した。2018年の創業以来、広がってきた仕事の領域と組織のあり方を見直し、4人で新たな1歩を踏み出している。
横浜市中区のトキワビルに拠点を置くHOCは、312号室を執務室とし、新たに311号室を契約して会議室に改修中だ。床や天井を剥がした部屋には、トキワビルが建てられた1958年当時の痕跡があった。濵久貴さんは「このビルの生い立ちが好き」と言い、痕跡に目をやりながら「僕らがここにいるプライドにもなる」と話す。
1人で100歩行くより、4人で1歩行こうぜ
代表の濵さんは、これまでのHOCを「とにかく走り続けた」と表現する。2022年に公開された「入居者ファイル#32」に「“デザインと付くものなら何でも”手がけている」という言葉があるとおり、HOCの会社紹介資料には、専門領域である建築やランドスケープデザインをはじめ、家具、グッズ、ウェブ、本、イベント運営まで、幅広い実績が並ぶ。
「前の職場から独立して必死でやっていて。HOCというブランドを大きくするべく、みんなでできることを走り続けた結果、自分たちの方向性と外部からの見え方がちょっとずつ変わっていくのを感じました。このままではHOCでなくなると僕は思ったので、“劇薬”ではあるんですけれども一回立ち止まって、自分たちは何を目的にやっているのかをみんなで話し合い、組織体制を変えました」
2026年5月に株式会社化を図り、第2創業期を迎えた。今までHOCの名は、創業メンバーの濵さんと小澤さんの名をとって「Hama Ozawa Creators」の略称としていたが、「人間らしいワンシーンを生み出すクリエイター集団」を意味する「Humanity / OneScene / Creators」に変更。「100年後も誰かの人生のワンシーンを創る」を会社の目的に掲げた。大手プロモーション会社勤務を経て、セールスプロモーションやイベント企画・運営を専門とする朝妻俊也さんをメンバーに迎え、4人で再出発している。
濵さんや渡部さんと同じ大学出身で、これまでHOCと仕事をしたこともある朝妻さんは、「HOCはクリエイティブに自信をもっている」と評価しながらも、「メンバーの人となりをもっと深く知る必要性を感じた」と言う。そんな朝妻さんが企画したのが、4人での合宿だった。
合宿は、自然豊かな山梨にある小澤さんの父の実家で行われた。自分が本当に好きなものは何か。どんな環境で育ってきたか。生い立ちを語る自己紹介プレゼンテーションや、大谷翔平選手が使用した「マンダラチャート」でチームの課題や目標を洗い出した。
合宿から戻って間もない取材当日、濵さんは「合宿は本当に良かった。激アツコンテンツ」と振り返る。
「これからHOCを数十人規模の会社にしていくなら、この4人は人間的にスクラムを組んでいたい。“早く行きたいなら1人で行け 遠くに行きたければ皆で行け”というアフリカのことわざがありますが、“1人で100歩行くより4人で1歩行こうぜ”というのが今回の組織変更の意味かなと思っています」
濵さんは「4人で考えれば脳みそが4つある分、すごくクリエイティブな提案ができる」と組織変更の手応えを語る。
形に残るものから、記憶に残るデザインへ
「皆のいいところを認め合って進めることができた」と濵さんが評価するのが、2026年4月下旬から5月末まで、東京ミッドタウンの芝生広場で行われた「MIDTOWN OPEN THE PARK 2026」における業務だ。
HOCは三角テントを張った芝生で休憩できる「Nonbiri On the Green」のオブジェの提案や、子どもたちが大きなブロックで遊べる「MIDPARK プレイグラウンド」といったイベントの企画や空間設計、施工、運営業務を担った。小澤さんは「これまでの蓄積を一気通貫で生かすプロジェクト。それぞれの役割をもって力を注げた」と確かな感覚をもったそうだ。
「後世に残る建築やランドスケープデザインをしなくてはと考えていた」と話す濵さん。一方で、今回求められたのは、限られた期間で人を集め、その場で強い体験を生み出すこと。デザインは渡部さん、造園業者との予算調整やコスト管理は小澤さん、運営は朝妻さんというように、それぞれが得意な部分を生かして臨んだ。
朝妻さんの言葉で表現すると、これは「“最大瞬間風速”を生み出すデザイン」。濵さんにとっては、デザインの概念がひっくり返る体験だったようで、「デザインへの火が再びついた」と話す。朝妻さんは、その変化をこう捉えている。
「形に100年残すデザインというより、記憶に100年残るものという領域に広がったんだと思うんですよね。思い出としてのものを残すというのでしょうか。デザインの領域の幅を横に広げるというより、縦の時間軸を広げたんですね」
防火帯建築の面影を残す、トキワビルへの敬意
以前から借りていた312号室に加えて311号室も契約し、2部屋に事務所を増床した。通常業務を行う311号室では席の配置を変えて4人が顔を見合わせて働くようになった。これも朝妻さんの提案だ。
小澤さんは、「顔を見ればその人のコンディションが分かる。悩んでそうだな、ちょっと忙しいのかな。今日は目つきが鋭いぞ、とか。この感覚は大事だと思う」と話す。朝妻さんも「コミュニケーションの場所を設計する人たちがコミュニケーションを取ってなくてどうするのって話ですよ」と言うと、笑いが起きた。
増床するにあたって、他の不動産会社に相談することはしなかった。「この部屋でやる熱や愛着が僕らの中である」と濵さんは話す。
「増床したいという希望をオーナーに電話で伝えたら、『どんどん成長して部屋を借りてほしい』と喜んで応援してくれたのが、本当にうれしかったんです。そんなオーナーのもとで部屋を増やして成長していくHOCもいいなとシンプルに思えました」
大変だったスタートアップの時も応援されてこの部屋にいた。だからこそ、いまの濵さんは311号室と312号室を「僕らにとっての幸運の部屋」と呼ぶ。
改修中の部屋に向かうと、天井や壁を剥がした剥き出しのコンクリートや、建て込み中の木材の構造があった。空間を2つに分けて大切なクライアントを呼べる打ち合わせスペースと、少人数で話ができるプライベートな空間をつくる予定だ。
辺りを見回しながら「僕はこのビルの生い立ちが好き」という濵さん。そこで渡部さんも、その生い立ちについて説明する。
「トキワビルは、火災の延焼を防ぐ防火帯建築でした。まちを守っていた存在だと思うので、リスペクトしながらこのまま使い続けていきたいねと話をしています」
床材などを新たに敷くことも検討したが、壁や床、天井の表情を見てこのままにすることを決めた。濵さんは「60年モノの骨材が見えているって、なんだかかっこいい。当時の職人さんの手仕事が今の僕らにつながっていると思うと、『人っていいな』と感じます」と話す。
露出したコンクリート面の凸凹や小さな穴を指差しながら、渡部さんが新しい建物との違いを説明した。
「今は、バイブレーションという機械でコンクリートの空気を抜いて気泡や空洞をなくすのでこのようにはなりません。多分、昔は棒で突いて空気を抜いていたんだと思います。それが届かなかったところに、こういう跡ができる。そういう手仕事の痕跡が良いんだと思います」
「こういう小話ができる事もこのビルの価値だし、僕らがここにいるプライドにもなるなと思いますね」と話す濵さん。こうした痕跡を未来にもつないでいきながら、HOCは4人で次の1歩を歩み始めている。
PROFILE
濵久貴[はま・ひさたか](代表取締役)
1984年 横浜生まれ
2009年 関東学院大学大学院建築学専攻 修了
2010年 フィールドフォー・デザインオフィス入社
2018年 HOC LLC 共同設立
2026年 株式会社HOC 組織変更
小澤亮太[おざわ・りょうた](取締役 / Designer)
1988年 小江戸 川越にて育つ
2012年 東京農業大学大学院造園学専攻 修了
2012年 フィールドフォー・デザインオフィス入社
2018年 HOC LLC 共同設立
RLA(登録ランドスケープアーキテクト)no625
渡部将吾[わたべ・しょうご](Director / Designer)
1985年 福島県いわき市生まれ
2010年 関東学院大学大学院建築学専攻 修了
2010年 金子設計入社
2019年 HOC LLC 入社
朝妻俊也[あさづま・しゅんや](Producer)
1984年 横浜生まれ
2007年 関東学院大学建築学卒業
2007年 株式会社フロンティアインターナショナル入社
2026年 HOC Inc. 入社
取材・文:中尾江利(voids)
写真:大野隆介 (*を除く)
