GM2ビル4階に「ニューヤンキーノタムロバ」(以下、タムロバ)がある。2023年の4月から、「クリエイティビティ最大化」を目指して入居者が自分の表現を追求してきた。その成果を発表するイベント「ゼロフェス」(2024年2月24日、25日開催)を今年もレポートする。
コラボレーションの日々
今年のゼロフェスのテーマは、2本の棒を並べたような「││」。「相反するもの」、「コラボレーション」など、多様な解釈が可能なテーマだ。2023年度に入居者した7人がそれぞれの解釈を持ち寄り、自分の個性と表現をこの日にぶつけた。
共有スペースであるアトリエに入ると、里来さんの作品が目に留まる。
里来さんは、泰生ビルにある建築設計事務所「株式会社オンデザインパートナーズ」で働く。タムロバに入居した動機は、仕事だけではなく、かねてから好きだった衣装制作や絵を描くことに没頭したかったからだ。
壁に展示された写真は、子どもたちが妖怪になるコスチュームを身に纏うイベントの様子を収めたもの。里来さんは「誰もが身につけられる自由な形」をテーマに衣装制作をしたと言う。
「体に巻きつけるだけ、羽織るだけなど、簡単な着方で身につけられるものをつくっています。年齢の違いや身長差、体の不自由さなどの個性を受け入れる衣装づくりを心がけました」
ゼロフェスのテーマを「コラボレーション」や、物語が続いていくことを予感させる「第2話」であると里来さんは解釈した。入居者同士のコラボレーションや、建築の仕事、衣装をテーマに描いた数々のイラストレーションも展示されており、見る人に濃密な1年を感じさせる。
写真を趣味とする梅さんも、そんなコラボレーションの日々を楽しんだひとりだ。梅さんは「日常と非日常」をテーマに写真展示をしていた。
普段はIT系の会社に勤め、発展途上のアフリカの国々に通信環境をもたらすプロジェクトに参加している。写真を始めたきっかけは大学時代の友達の影響。在学中はアフリカ留学を経験し、現地の人の表情を収めることにのめり込んだ。ファッションやアフリカ布も大好きだそうだ。
タムロバには、プロジェクトへの参加で人生が変わる節目に、写真にも集中したくて入居したと言う。「入居したら、タムロバがすーっごく私に合っていたんです。ずっと写真作品を撮り続けていました」と梅さんは話す。
梅さんが「一番いい作品」だと言う作品は、ガスさんがパートナーのふじまゆさんの体にアクリル絵の具を塗りつけるライブペイントパフォーマンスの写真だ。
「画家、モデル、カメラマン。すごいコラボレーションができました。言葉じゃなくて、アートのぶつけ合いができた1年間でした。私が大好きなアフリカのことやファッションもみんなに影響を与えられたと思っています」
ここだったらいろんなことが始められそう
フリーランスのデザイナー・イラストレーターとして働くふじまゆさんと、アーティストとして活動するガスさんは2人で入居している。彼らは「生活と制作」をテーマに、「制作の部屋」と「生活の部屋」の2つの部屋で展示を行っていた。
ふじまゆさんは、タムロバの制作環境を生かしてアナログの絵画表現に初挑戦。ガスさんは美術大学卒業後、廃材を使ったアートをつくる「再生家」という肩書きで活動している。タムロバでは、専用のアトリエを構えて大作に挑んだ。2人で取り組んだ「制作の部屋」では、架空のアパート「TOKIDOKI荘」を想像し、「TOKIDOKI荘」の1部屋をタムロバの居室空間に出現させた。
「どちらかといえばひとりで黙々と作業したいタイプ」と言うふじまゆさんは、この1年の自身の変化をこう話す。
「広いアトリエやリビングがあるから、仕事・生活・プライベートがうまくいきそうだって思って。いつもと違うアナログの制作をしようと思ったのもこの環境のおかげだし、梅ちゃんは『色を塗られたい』という私の思いを実現するために動いてくれた。ボディペイントでは『人とつくるのっておもしろい』『ここだったらいろんなことが始められそう』って感じました」
ガスさんも同じように感じているようだ。
「誰かに『なんかつくろう』って言えばすぐできることとか、みんなのノリのよさがおもしろい。タムロバの空気感がそうさせているのかも」とガスさん。穏やかな入居者ばかりで、全然喧嘩もしなかったね、と2人で顔を見合わせる。
変わったことと変わらないこと
「私、現世でエンジニアをやっていまして」。単刀直入にそう切り出したのが「すみちゃん」だ。現世でエンジニアとして働いているが、来世ではアイドルになりたいと言うすみちゃんは、自室で握手会を開いていた。
タムロバに入ったきっかけは、アウトプットに挑戦してみたいと思いながらも、実現に踏み出せずにいた自分を変えたかったからだ。
「頑張っている人と一緒になれる環境や、応援してくれる環境に身を置きたいなって思って。珍しい物件を紹介するウェブサイトでタムロバを見つけて、そのまま応募しました」
すみちゃんのテーマ設定は「現世」と「来世」、「エンジニア」と「アイドル」だ。自室でアイドルとして活動する一方で、エンジニアとして他の入居者の作品のためにコーディングやシステム設計を手がけている。アイドル活動はゼロフェスで終了だとのことで「エンジニアとして、これからも頑張りたいと思っています」と目標を語ってくれた。
そして、「タムロバの顔」ともいえるのが、コミュニティビルダーを務めたチェコさん。コミュニティビルダーは入居者同士のつながりや化学反応を引きだす仕掛け人を担う。
チェコさんは、「無駄づくり」に日々勤しんできたと言う。ドッキリを仕掛ける笑えるものから、オブジェ、試食の提供など6つの展示を行っていた。その一部を紹介する。
「無駄づくりの代表」とチェコさんが言うのは、《「ぼく、すみえもん。どこでもドア〜」》。すみちゃんが描いた味のあるドラえもんを立体化したキャラクターと、 その左手奥にはしずかちゃんのお風呂につながる「どこでもドア」がある。ドアを開けるとセンサーが反応し、シャワー音とともに彼女のあの有名なセリフがスピーカーから流れるような仕組みになっている。
入居前、「私は枠に囚われている」と感じていたチェコさんは、その枠を壊そうとする試みをオブジェに昇華した。屋上でBBQをしたり、焚き火やテント泊をしたりした1年間の思い出も、この作品に詰まっている。
「人に頼るのが苦手だったけど、それを克服してひとりではできないものをつくりたい」。その思いでコミュニティビルダーを志望したチェコさんは、「自分はいい意味で変わらなかったかも」と振り返る。
「活動や制作が行き詰まっていそうな住人がいれば、声をかけるなどおせっかいをしていました。元から自分の中におせっかいがいたって気づいて。この1年間はおもしろい体験だったし、ひとりでできないことはたくさんできた。だからそんなに私は変わらなかったけど、それはそれでよかったなって」
「来年度はどんな人が来て欲しいですか?」と聞くと、「タムロバに興味があるなら誰でも」とチェコさんは答えた。2期生だけを見ても、たしかに個性はさまざまだ。「だから、ちょっとでも興味をもったら入った方がいい!」とチェコさんは言った。タムロバの第2話が終わりを迎え、また次の物語の予感がする。
INFORMATION
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https://newyankee.jp/#entry
取材・文:中尾江利(voids)
写真(*をのぞく):大野隆介