横浜市中区の関内桜通り沿いに位置するビル「泰生ポーチ」。その“顔”となってきた1階の「泰生ポーチフロント」が近ごろ閉まりがちになっている。関内エリアのコミュニティスペースを目指してきた泰生ポーチフロントは、これからどんなかたちで運営されるのが望ましいのか─? 入居者が議論した住民会の様子をレポートする。
入居しているならみんな対等。話し合いを続けたい
泰有社所有ビルの中でも、「クリエイティブシンカーが集まる創造拠点」であるとリーシング時からその個性を強く打ち出してきたのが、この「泰生ポーチ」だ。「Small is better.」をスローガンに掲げた同ビルには主にフリーランスのクリエイターや個人商店が入居し、さまざまな事業を展開してきた。
入居者がワンフロアでトイレを共有したり備品補充を分担したりするというこのビルは、入居者が過ごし方の共通認識をもてるように、自主的なルールづくりやコミュニティ活動を行ってきた。2カ月に1度のペースで開かれているこの住民会も、泰生ポーチの大切なコミュニティ活動の一つだ。
泰生ポーチ1階の「泰生ポーチフロント(以下、フロント)」は、上階とは違って複数の事業者が曜日や時間帯をシェアして共同運営するコミュニティスペースだ。現在は保育・福祉事業を展開する「株式会社ピクニックルーム」と、まちづくりや社会課題解決プロジェクト運営を担う「NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ(さくらWORKS<関内>)」の2つがフロントをシェアしている。
以前は、プラントベースフードを提供するレストラン「Veggies Park」が平日昼間に出店していたが、2023年12月に退去。働く人が関内桜通りを行き交う時間に、フロントが閉じがちになってしまっている。そんな状況を鑑み、住民会ではフロントをどう活用するべきか、入居者が対話を重ねている。
「みなさんと相談したいことがあって……」。メインアジェンダの前に、話を切り出したのがNPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボの姜美宇(かん・みう)さんだ。
NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボがフロントを貸し出して行われた音楽イベントに対して「音の大きさに配慮してほしい」という声が同じ入居者からあったと話す姜さん。姜さんは「まちに開かれたスペースであるフロントで、音楽イベントの利用を制限することはしたくない。みなさんとコミュニケーションを図りながらルールをつくりたい」と意見を投げかけた。
それに対して「ノイズキャンセルできる装置を導入してはどうか」、「イベント主催者と入居者がコミュニケーションを図るといいのかも」などと入居者たちが提案した。この場面一つだけでも、泰生ポーチ入居者の「コミュニティ」や「シェア」というコンセプトへの意識の高さを感じさせられた。
フロントのコンセプト
その後、メインアジェンダを切り出したのが、ビルオーナーである泰有社の伊藤康文(いとう・やすふみ)だ。「フロント活用のアイデアをもっと具体的にしたい」と切り出し、こんな話を共有する。
「空室だった泰生ポーチ201号室の内見を申し込んできた人が『本を貸すのか売るのか分からないけれど、自分のやりたいことを始めたい』と話すのを聞いて素敵だなと思って。社食や会議室というアイデアもあったけれど、ブックカフェを開いてその人がお客さんを案内するのがいいかなあって…」
そのうえで、ブックカフェではない時間に本をどう管理するか、フロントをシェアしている入居者はどう思うかと伊藤が意見を求めた。それに、株式会社ピクニックルームの後藤清子(ごとう・きよこ)さんが答えた。
「ピクニックルームがやっている地域食堂やシニアカフェで使うこともあるけれど、最近は民生委員や児童委員の会議のために解放していることも多いから、むしろフロントをもっとまちに開いてもいい。ピクニックルームがここを退去しても、このフロントで頑張ろうとする人の家賃に投資することなんかも、やぶさかではありません」
後藤さんの声を受け、伊藤があらためてフロントのコンセプトに立ち返った。
「お金儲けしようとして入居者募集をかければフロントはすぐ埋まります。でも、それは意図していない。ここは入居者や関内の人のパブリックスペースであってほしい。問い合わせの人も本で儲けたいと考えているわけではなく『これからの人生においてなにができるか』を考えている。この人、逃しちゃいけないなって思っているんです」
デザイナーの三浦さんも「本をとっかかりにしたコミュニティ」というアイデアに共感を示した。同様に、304号室に入居するアーティストの北村和孝(きたむら・かずたか)さんも期待を語る。「若い頃、六本木の青山ブックセンターが大好きだったな。ほぼ24時間やっていて、大きな洋書があって。壁中が本まみれだったらいい」
高まる小さなコミュニティへの期待
株式会社オンデザインパートナーズの松井勇介さんからは、東京都国立市にある、本を置いているコミュニティスペースの実例「国立本店」が挙げられた。「ぜひ話を前に進めたい」と参加者が盛り上がり、住民会が終わった後も数名がその場に残ってコミュニティづくりへの期待を語る。中でも、三浦さんの言葉は泰生ポーチやフロントのコンセプトを象徴していたようにみえる。
「気づいたら仕事をするだけになりがちで、このコミュニティにできることが少なくなってきているのを感じていて。だから『旅するコンフィチュール』さんの看板が倒れていたら修理をするとか、デザインで身近な人を助けるとかそういうことをしたいなって思っています。小さな会社も多いから、やっぱり助け合っていかないと。ちょっとしたランチ会や住民会を続けて、小さなつながりを保ち続けたいですね」
入居者のアイデアや創造をかき立てた、この約2時間の住民会。フロントがこの先どう変わっていくか、今後が楽しみになる時間だった。
取材・文:中尾江利(voids)
写真:大野隆介